亡き妻との思い出の詰まった家を自力でなおしてきたが…
今も点々と残る空き地。人口は被災前の2018年6月と比べ1割以上減っています。

今はほとんどが新築やリフォームの家になった末政川の周辺。全壊判定を受けたにもかかわらず、その家に1人で暮らし続けている男性を訪ねました。林良太郎さん、89歳です。
(記者)
「Qあれから6年経ちますけど…」

(林良太郎さん)
「水害からそんなになるかな。もう6年になるかな。屋根の上にわしは逃げたがな」
もともと左官職人だった林さん。豪雨以前に亡くなった妻との思い出が詰まった家を手放すことはできないと、自力で修理を続けてきました。
(林良太郎さん)
「家内と2人でここまでごそごそやってきたんじゃけんなあ。使えたら使った方がええなと思って。思い出もあるしね」
6年という時の流れは、林さんから家を修復し続ける体力を奪っていました。
(記者)「Q 壁を塗っていたでしょう?」

(林良太郎さん)
「途中やめじゃ。もうちょっと塗りゃええがと思ようた。それが足が弱うなって、とうとうようせなんだ(岡山弁で「できなかった」の意)」
(記者)「Q ちょっと心残りですかね?」
(林良太郎さん)
「それがそう、もうちょっとな。元気があれば2階でも粗壁をつけてな、するんじゃった。惜しかったなあ」
6年が経ち、変わった思いと変わらない思い…
(出口和弘さん)
「いつまでも引きずりたくないっていうのと、それから『ちゃんとやったよな』っていう気持ちだね」

災害の痕跡が目を凝らさなければ見えないほどに回復した町。一方で「復興への歩み」という言葉だけではくくることのできない1人1人の6年があります。













