NO WARプロジェクト「つなぐ、つながる」です。かつて日本軍の重要施設があり、「地図から消された島」とよばれた島があります。記者が家族とともに戦争の記憶をたどりました。
瀬戸内海に浮かぶ広島県の「大久野島」。およそ500匹のウサギが棲息する“癒やしの島”です。しかし、ここはかつて「地図から消された島」と呼ばれていました。
大伯母 岡本須磨子さん(91)
「岩が欠けたような感じがあるじゃろ。こんなに(木々は)青くなかった」
戦時中、女学生だった“大伯母”は、終戦までの9か月間、この島で働いていました。
“地図から消された”理由、それは…
岡本須磨子さん
「ここは極端に言ったら内緒のあれじゃけえ、国が毒ガスを作りよったけえね」
この島にあった毒ガスの製造工場。実態を隠すため、陸軍は島の存在を地図から消したのです。島には当時の記憶を伝える遺跡が多く残されています。大伯母の記憶は“強烈なにおい”です。
岡本須磨子さん
「臭いはもう、とにかくどこからでも漏れるからね。島に上がったとたんに臭いがしようたじゃん」
集められた女学生たちは毒ガスのことは知らされず、ドラム缶を運んだり、風船爆弾の糊付け作業などをしていました。知らず知らずのうちに毒ガスに触れ、体に異変をきたしたといいます。
岡本須磨子さん
「(症状が重いと)湿疹のようなものが出た人とかがおってんじゃ」
毒ガス製造に関わるなどし、戦後、県から健康管理手帳を交付された人は6119人。そのうち5000人以上がすでに亡くなっています。
広島県三原市に住む、96歳の藤本安馬さん。毒ガスの製造に関わり、後遺症に苦しんでいる一人です。
養成工として製造に携わった藤本安馬さん
「生産が第一だ。毎日毎日そういう繰り返しをしていたら、毒ガスの障害を受ける」
軍国少年だったという藤本さんは、15歳の時、「お金をもらいながら勉強できる」と言われ、大久野島に渡りました。寄宿舎生活で毒ガスの製造方法を学び、ほぼ手作業で化学物質を扱っていたといいます。「毒ガスで敵を殺すことは当たり前」、そう教え込まれました。
藤本安馬さん
「しっかりぶち鍛えられた養成工、化学方程式。毒ガスの方程式を忘れるということは、戦争人間であったということを忘れるということになる。忘れろと言われても忘れない、忘れることができない」
罪の意識は、何年経っても消えません。18年前、藤本さんは中国・河北省を訪れています。日本軍が毒ガスを使ったとされる北たん村への「謝罪の旅」。家族を失った人たちに毒ガスを作ったことを告白しました。
藤本安馬さん
「平和とはなんぞやと言われた時に、その答えが出てこないんだ、反省がなければ。大久野島の過去は、毒ガスを作っていたという歴史はね、通り過ぎていくんだ」
終戦から77年。私たちはどうやって記憶をつないでいけばいいのでしょうか。
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