2022年度の最低賃金を全国平均で31円引き上げて時給961円とすることが決まりました。前年度からの引き上げ幅31円は過去最大で、伸び率は3.3%です。賃金の引き上げは日本経済の最大の課題であり、正規・非正規の賃金格差是正も必要なことを考えれば、今回の引き上げは評価すべきことです。そもそも、賃金について政府が直接できることは限られており、その意味でも、今回の決定は、「早期に時給1000円」という政府の決意を改めて示した形になりました。

しかし、賃上げの流れを作るためにやるべきことは山ほどあります。最低賃金3.3%増は、小さな数字ではありませんが、今の物価高騰を補うだけで終わってしまう可能性もあります。確かに消費者物価指数の上昇率は2.4%と、3.3%を下回っていますが、帰属家賃(持ち家への計算上の家賃)などを除いた、生活実感としての必需品の値上がりはより大きく、実質賃金増加への寄与は僅かに見えます。

また、最低賃金は各県ごとに決められますが、国が示した目安通りに最終決定されたとして、最も高い東京都が31円上がって1072円になるのに対し、最も低い沖縄県では30円引き上げられて850円と、地域間格差は222円とむしろ広がってしまいます。

税金や社会保険料をめぐる制度設計にも課題があります。「年収130万円の壁」「150万円の壁」と指摘されるように、一定の年収を超えると、税制上の配偶者控除が受けられなくなったり、社会保険料を支払う義務が生じたりするために、多くのパート労働者が年収を一定額以下に抑えるように労働時間を制限しています。最低賃金が上がれば、その分、より労働時間を短縮してしまい、逆に人手不足が起きるという本末転倒の事象があちこちで起きているのです。賃金や物価が上がる世界を目指すのであれば、壁とされる限度額を変更するのは当たり前なのに、政府の取り組みは一向に進みません。

さらに、賃上げの広がりを欠いていることも大きな課題です。第2次安倍政権以来、最低賃金が毎年3%前後引き上げられてきた結果、最低賃金で働く人の割合が著しく増えているのです。例えば、神奈川県では2011年には最低賃金で働く人が2%ほどだったのに対し、2021年には6%近くにまで増えました。全国的に見ても、最低賃金の変更によって賃金が引き上げられる労働者の割合は、2011年度には3.4%だったのに対し、2021年度は16.2%にまで達しています。要は、多くの働く人たちの賃金が、最低賃金近辺に張り付いてしまっているわけです。本来であれば、最低賃金の引き上げによって、より多くの階層の賃金が上がり、賃金分布グラフ全体が右方向にシフトしていくことが望まれるのですが、そうはなっていないのです。「出せるところが出していない」状況を変えて、賃金上昇を全体に広げる政策が、さらに求められています。

賃金上昇が広がり拡大し、かつ持続するためには、各企業の生産性の上昇が不可欠です。売り上げや粗利益が増えなければ、企業は賃上げを続けられないからです。賃金上昇によって不採算企業が退出して、残る企業の生産性が上がったり、低成長の業種から、成長分野に労働者が移動したりすることが、「賃上げと生産性の好循環」の基本なのですが、日本ではこの新陳代謝がなかなか実現しません。賃金引き上げは、今の日本経済の最大の命題です。「最低賃金引き上げ」だけで自動的に実現するものではないだけに、「その先の手」が問われています。

播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)