2020年から2年連続で高校生を指導しているイチローさん(48)。イチローさんが高校生と向き合うなかで感じている“面白さ”とは。

イチローさん
「だって、(高校生は)あんなに喜んでくれるんですよ。で、キラキラしてさぁ。それが、やがてギラギラするようになったときに、どうなるかは楽しみなんだけどね」

円陣の形をとりイチローさんを出迎える部員たち
2021年12月、この年2番目に訪れたのは、夏の県大会でベスト8の壁が越えられずにいる、甲子園未出場の千葉明徳高校。千葉明徳の選手たちは、円陣の形を取り、最敬礼でイチローさんを出迎えます。

部員たち:オス、お願いします!

千葉明徳の選手たちは、グラウンドではいつだって元気いっぱい。一見すると、高校野球の当たり前の姿に見えますが、じっと練習を見つめていたイチローさんは、この“声出し”が問題だと言います。

練習を見つめるイチローさん
イチローさん
「ベスト8以上はあの勢いは通じないですね。野球がしっかりしていないとあの迫力に押されるケースもありますよ、それは。格下なら。でも、強いチームはそうはいかないですね。千葉明徳の選手たちを見てると、声と同じように身体も動いてしまうんですよ。だから、いつもせわしないっていうかね、わちゃわちゃしている。強いチームにそれはないです。メリハリ必要ですよね。だからまず、黙って練習するのが良いかもしれないですね、千葉明徳は。黙ること」

千葉明徳へのアプローチは“野球を疑う”

イチローさんが高校生に向き合い、伝えたいこと。千葉明徳へのアプローチは“野球を疑う”。

岡野賢太郎監督に問題点を指摘しました。

監督に問題点を指摘
イチローさん:
昨日すごく印象的だったんですけど、球拾いとか次の種目に移るとき、監督が「間で声出せ」って仰ってたんで、あそこを黙って、しゃっしゃっとやって、(身振り手振りで)次に移った時にまたドカーンといくのがメリハリとしてできるのかなと。

要所の声出しを大事に、無駄な声をなくすことで、よりプレーに集中できるようになります。

基本の動きこそ疑え

次にイチローさんが、メスを入れたのは走塁でした。1塁ベースと2塁ベースの間にベースとほぼ同じ約40センチの幅間隔で2本の線を引き、その線を目印に内側を走るよう指導します。

走塁練習
イチローさん:
これ(スタートを切る体勢の両足)がスクエア(線に平行な位置)だと、どうしても一歩目が線の外に出る。これはもったいないので、最初(の両足の位置は)全然、(右足が線から)外れてても良い。ややオープン(スタンス)ぐらいかな。そこで、一歩目を線の間に持ってくる。一歩目を線の間に持ってきたら、あとは軌道に乗っていくっていうイメージです。やってみよう!

まず三原天馬選手(2年)がトライします。

1歩目はラインの外に出てしまう三原選手
イチローさん:
(三原選手が1、2歩目、ラインの外側を走る様子を見て他の選手に対し)ねっ、一歩目はどうしても線の外に行くの。それを計算して最初の形をとるの。

イチローさん:
三原選手、今どこを見てたの?分かる?どこ走ってた?

イチローさん「どこ見てたの?」
三原選手:ラインの外側・・・

イチローさん:感触としてあった?もう、はみ出しているという。

三原選手:ありました。

イチローさん:
(笑顔で)それはダメです。感触としてあるんだ、じゃあ直しましょう。

三原選手:
走るときに下を見ながら走っていると、自分の足がある位置がよく見えて・・・。

みんな笑顔に
イチローさん:
まあ、それはそうでしょうね(監督・選手一同、大爆笑)。下を見て走らない。ちゃんと自分の形で走ってよ、まずは。僕らで見てるから。確認しないで、自分で。普通に走ってください。

三原選手:ハイ!

今まで当たり前だと思っていた基本の動きにこそ、疑う余地がありました。

イチローさん
「走塁の形とかありますけど・・・それは別に僕の野球ということじゃない。あんなことは言ってしまえば基本なんですよ、ただの基本。ただの基本を僕は伝えているだけで。ぼんやりなんとなくやっていることを『いや、ちょっと待って。まあ、歩き方からやろうか』って。歩き方なんて考えないでしょ通常。ただの基本なんですよ、どれも。誰も言ってくれなかった基本、じゃないですか」


1歩目を線の間に持ってくる


ボールから目を離しても良い

「声出しにはメリハリを」「走塁には無駄なステップをなくす」。イチローさんは守備に関しても“常識”を疑うよう促します。

説明するイチローさん
関汐音選手(2年):
外野手で正面後ろのフライの追い方が分からないんですけど。

イチローさん:
(飛んできたボールを後ろに追う際、後ろを向くのに右回りか左回りかで)得意な方ある?こっち(右回り)が得意とかこっち(左回り)が得意とかあるの?得意な方で良いよ。もしそれで(ボールが)反対に来た場合、(例えば右回りに身体を)切ったけどボールが結果的に(左に)飛んで来る場合、怖いけど・・・。

その場合、イチローさんはボールから目を離さないように体を戻すのではなく、一度目を離し回りきって捕球するよう、自ら実戦して指導します。

イチロー:
目を離すのは怖いよ、特にライナーなんかは。目を切ってボールがどこに来るかって訓練、これはもう数なんで。


まず自分の形をつくる

質問する米川選手
米川翔夢選手(2年):
2年米川です。質問してよろしいでしょうか。自分はバックホームなどの送球の際に、球がすっぽ抜けてしまって高い弾道で送球してしまうんですが。

イチローさん:毎回すっぽ抜けるの?

米川選手:毎回じゃないです。

イチローさん:急いでない?

米川選手:急いでいるときにすっぽ抜けてしまいます。

自分の形をつくってから投げる
イチローさん:
急ぐよりもまず自分の形にならないと。外野手の送球って、ここ(ボールを離す位置)がずれたら全部外れるから。この差(2、3センチの差)でホームに行くときは、全然違う場所に行くわけだから。自分の形を作らない限り、どれだけ早く投げたって残念ながら結果にはならない。だから時間をかけてもいいから、まず捕ってから自分の形にする。

自分たちの野球を疑う

ベンチ前に集合する選手たち

時にはボールから目を離す。急ぐよりも、まず自分の形で投げる。これまでの野球の常識が変わっていきます。“自分たちの野球を疑う”。選手たちは、練習後、ミーティングでイチローさんの教えを共有します。

ベンチに集まった選手たち:
盗塁とか走り方教わったじゃん。あれをグラウンド内だけでやるってなったら身につかないから、普段の歩き方もそうだし、個人アップの走るときもそうだけど、そこからやっておけば使い方を覚えるって言ってたから、普段から意識しよう。

選手主導で考え始める、これこそイチローさんの狙いでした。

イチローさん:
僕が伝えようとしていることをなんとなくそれぞれが感じて、それぞれが答えを出して。「言われたことだけやりました、ちょっと変わりました」では、限界がありますし、つまらないし。そのきっかけを今回渡せたらいいなとは、ずっと思ってました。