聞こえない音を「浴びている」。エンジンは浅草と父の後ろ姿

野口五郎氏はCDや配信など、音楽をデジタル化することによってなくなった低音にこそ、人間にとっての豊かさがあるという。なぜ低い音に注目するのだろうか。

野口五郎氏:
僕は15歳でデビューして、世の中はスターの時代だったんです。僕のあとからアイドル世代が始まって、スター世代の末っ子だったのが、今度はアイドルの長男なんです。その世代に巻き込まれていったときに、キャーって言われるんですよ。届け!って歌っているときにあごが上がるんです。それが年齢とともにだんだん下がっていくんです。「思い」というのが「重い」とだんだんイコールになって、下の方に下の方に行くんです。そうすると、そういうところに何かあるのかなって、だんだん気持ちが下へ行くようになったんです。

例えば、野外でライブがあるとします。ハードロックがバーっと鳴っています。そこにもし重低音がなかったとしたら、若者が狂喜乱舞している姿って想像できますか。昼間、同じような音量でリハーサルするんです。そのバンドのマネージャーがたまたまお腹いっぱいで、太陽が気持ちいいし、鳥のさえずりなんか聞こえて、その爆音を聞いていると寝ちゃうんです。振動で。低い音っていうのは自分に都合の良い方向に自分の思いを変換してくれませんか。聞こえない世界とか、見えない世界とか、臭わない世界とか、そういう不思議な世界に興味を持ちます。そこにすごいパワーがあるんじゃないかとか。

野口氏が研究開発中の深層振動は、人の耳には聞こえない低音をデジタル技術に置き換え、失われた豊かな音を補おうというもの。しかし、実際には聞こえない。どう感じ取ればいいのだろうか。

野口五郎氏:
イチゴがモーツアルトを聞いて甘くなるって不思議じゃないですか。

――不思議です。

野口五郎氏:

ですよね。イチゴって耳はないですよね。だとしたら、音を浴びているって思えば、何となくなるほどなって。

――聞いているというのはその一部のことで、聞こえていないものも含めて音は全体でシャワーのように当たってきている。

野口五郎氏:

細胞レベルでそれを浴びていると思えば、人間も聞いているのと浴びているのと二つあったとしたら、もしかして体にいいんじゃないのって。

――そうなると聞こえない音を削っちゃまずいんじゃないのってなりますね。

野口五郎氏:

音楽そのものに触れさせることが人間の体に良かったとしたら、ただ音がよくなるだけではなくて、こういう音楽を次世代に繋げることができたとしたら、それがたとえ疑似であったとしても、害は何もない。日常にそれを取り入れればいいだけのことですから。

――では、ゲストの方にとっての原動力、活動の源になっていることについて伺うコーナー「わたしのサステナ・エンジン」です。野口さんのエンジンを紹介してください。

僕の原動力となっている場所、浅草です。13歳で歌手を目指して上京して、最初に住んだのが浅草だったんです。気持ちの整理とか、そんな度に僕は浅草へ行かせていただいていて、台東区の観光大使もやらせていただいているんです。浅草寺の御本尊の正面から右の方に浅草神社があって、その右に被官稲荷神社があります。年々ここで手を合わせる時間が長くなってくるんです。

――上京されたときから行っているんですか。

野口五郎氏:

はい、13歳の5月の大型連休のときに両親と一緒に3人で浅草に行ったんです。で、ここに迷い込んだんです。3人で。絵かきさんがいて、記念に絵を書いてもらったんです。

これなんですけど。1969年5月5日。入れ物も割れちゃっていますけど、全部そのままです。

浅草へ行った1週間ぐらい後ですかね、先生のところにご挨拶行って。もうじきレコーディングだから歌ってみようかって言われて、レッスンしたところが、声が出なかったんですよ。変声期になっちゃったんです。クビだと思っちゃって、勘違いして。だから、僕は13歳で軽い人生の挫折を知った、ですかね。この絵を見ると当時の夢との錯綜といいますか、思い出します。

――13歳の野口少年がもう少しやってみようと思ったのは?

野口五郎氏:
父親の後ろ姿です。月に1回、仕送りと言いながら、母親に会いに来ていたんだと思うんですけど、お金を持って東京に来てくれるんですね。母親は従業員の人たちの食事を作ったり、洗い物をしていたりなんかしていて、そういうのを見ていて耐えられなくて。自分は声が出ないし。親父が来てくれて帰るときに、もう俺ダメだよって言おうと思って、あとを追っかけて行ったんですよ。一度も振り返ることなく、稲荷町駅を降りて行くんですよね。振り返ってくれたら言えたんだけど、振り返ってくれないから我慢するしかないかなっていう。10年ぐらい前に親父の走り書きが仏壇から出てきたんですけど、それを見たら、親父は気づいていました。「夢を叶えさせるために振り返ることができなかった」って書いてあって。あそこで振り返られていたら、夢の続きはなかったなって思いますね。

――見つけたときはどんな気持ちでしたか。

野口五郎氏:

尊敬しましたね。そのときは僕も子どもがもういたので、僕にはできないと思いました。

(BS-TBS「Style2030賢者が映す未来」2024年4月28日放送より)