東日本大震災の震災遺構となった宮城県石巻市の小学校で、当時1年生だった女性が初めて語り部として自らの体験を語りました。教員を目指す彼女の心の支えになっていたのは、これまで誰にも話せなかった亡き友人との小さな約束でした。
宮城県石巻市の震災遺構「門脇小学校」。この日、市内の中学生が見学に訪れていました。語り部を務めたのは、東日本大震災が起きた時、門脇小の1年生だった高橋輝良々さん(20)です。
高橋輝良々さん
「お腹が痛くなった時にお腹を『の』の字でなでてくれた担任の先生いたなって、何気ない日常を私はここに来て思い出しました」
13年前のあの日、津波と火災が門脇小を襲いました。
高橋輝良々さん
「階段が奥に行って曲がる階段なんですけど、ちょっと上った所で地震に遭いました」
下校直後に揺れに見舞われた高橋さんは、校庭に戻り、先輩や同級生らと裏山に避難。一緒に逃げた児童や教職員は全員無事でした。
今、小学校の教員を目指し、仙台の大学に通う高橋さん。「家族も家も無事だった自分に語る資格はない」と、これまで自らの被災体験をほとんど話してきませんでした。
高橋輝良々さん
「自分の被災体験と向き合いたいと思っていながらも、自分だけの力でそれが実現するのは難しくて。十何年も過ごしてきたので」
遺構となった母校に足を運ぶ勇気も持てずにいましたが、大学のゼミの活動で12年ぶりに校舎を訪れたことで「自分も記憶をつなぎたい」と思うようになりました。
去年12月、初めて語り部に挑戦し、大切な記憶を打ち明けました。
高橋輝良々さん
「私が一番大切にしているものがここにあります。それがこのクレヨンの写真です」
高橋さんのクラスに残されていた写真。
高橋輝良々さん
「門脇小学校では、すでに下校していて犠牲になった7人の子どもがいます。そのうちの1人が私と仲良くしてくれた友人でした。このクレヨンは間違いなく、その亡くした私の大切な友人のものです」
友人とは忘れられない思い出がありました。
高橋輝良々さん
「ジャングルジムに2人で登っていて、私が『私、小学校の先生になりたいと思っているんだよね』と言いました。そしたら彼女は『私もなりたいと思っていたよ。一緒になろう!』と言ってくれました。もしも私の友人が今生きていたなら、彼女が小学校の先生を目指していても、そうじゃなかったとしても、あの時一緒になろうって言ってくれたから頑張れていると思う。もうちょっとで夢がかないそうだよ、ありがとうって伝えられたのかなと思う」
語り部を聞いた中学生
「こうやって伝えてくれて本当にありがたい。今いる友人のことも大切にしていこうと思った」
当時の門脇小の校長で、今は語り部として活動する鈴木洋子さん。ある日、亡き友人との思い出の品を持って訪ねてきた高橋さんの相談に乗り、語り部としてのきっかけを与えました。
鈴木洋子さん
「こんなにうれしいことはないですね。本当にうれしいです。しっかりと語れている」
高橋輝良々さん
「(鈴木さんのように)きょうまでつなげてきた人にたくさん出会えたから、私もきょう誰かに伝えようと思えた。また門脇小が私の出発点になったことが本当にうれしい。やっぱり私は門小生で良かったなって改めて思えた一日になりました」
鈴木洋子さん
「立派な門小っこです!」
「命を守れる教員」に。夢に向かって歩んでいます。
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