エイズの原因ウイルス(HIV)が発見されて40年という年月を経た今、私たちは、どのくらいエイズを正しく理解しているだろうか。
(TBSテレビ報道局 社会部特別編集委員 小嶋修一)

少し前のデータだが、2018年に、エイズについて18歳以上の男女に聞いた内閣府の調査がある。それによると、およそ3人に1人が「原因不明で治療法がない」と考え(34%)、さらに「死に至る病である」とする人は半数に上った(52%)。

リンパ球に取りついたHIV 米国CDC(疾病対策センター)提供

HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染しても、エイズを発症する前の早期に、体の中でHIVというウイルスが増えないような薬物治療をきちんと継続すれば、平均余命も一般の人とほとんど変わらなくなっている。そうするためにも、検査を受ける必要性を改めて強調したい。感染経路としては、性的接触によるものがおよそ7~8割以上とされ、その多くが男性同性間の性的接触によるものだ。HIVに感染したかどうかは、検査をしないとわからないので、不特定多数の人との性交渉など、リスクのある行為をして不安な場合は、保健所等で検査を受けることが推奨されている。匿名で、簡単に受けられる検査も選べるようになってきたが、検査目的での献血は感染を拡大させる恐れもあるので、絶対にやらないこと。

早期に感染が判明して治療を始めれば、エイズの発症を抑えて、健康な人とほぼ同じ生活を送ることができる。あくまでも統計上の数字とはいえ、死亡者数はピーク時から70%も減ってきている。今や、“エイズ=死”は当てはまらなくなっているのだ。

世界に拡がる啓発のシンボル “U=U” と感染予防のPrEP

エイズ啓発活動で良く語られているのが “U=U”だ。「Undetectable(ウイルスが検出されない)」=「Untransmittable(ヒトに感染させない)」という意味。HIV感染者のウイルスが体の中で増えるのを防ぐ治療を受け、継続的にウイルスの検出限界値よりも低いレベルを維持していれば、コンドームなしの性交渉でも他人に感染させないことが様々な研究で明らかになっている。「U=U」は世界中でエイズ啓発のシンボルとなっている。

U=Uのシンボルマーク

さらに、HIVに感染していない人のパートナーが、感染している場合などに、感染予防策として使われるのが「PrEP=曝露前予防内服治療薬(プレップ)」と呼ばれる薬だ。決められた通りに正しく薬を飲むことで予防できるとされる。アメリカやイギリスの研究では高い予防効果が報告されており、欧米では標準治療となっている国もある。世界では二種類の薬が使われているが、日本で承認された薬はまだなく、個人輸入で服用している人も少なくない。そこで、医師の指導のもと、必要とする人に適切に届けるPrEP投与の仕組みを作るよう求める、当事者団体などからの声は大きい。

エイズの教訓を受け継ぐ 「インヘリタンス ―継承―」

昨年11月都内で開かれたセミナー「エイズの教訓を受け継ぐ」でのトークセッション。HIVの当事者支援を行うNPO「ぷれいす東京」の生島嗣代表と一緒に登壇したのは、俳優の福士誠治さんだ。福士さんは、ゲイの人々の愛とエイズとの闘いを描いた舞台「インヘリタンス―継承―」の主役「エリック」を演じることになっていた。

セミナー「エイズの教訓を受け継ぐ」にて(去年11月 東京・港区)(提供 日本国際交流センター)

冒頭、進行役のグローバルファンド日本委員会・伊藤聡子事務局長から「1980~90年代というエイズの流行期を描いた作品はたくさんあるが、現代までのエイズの歴史に取り組んだ作品はこの『インヘリタンス』しかない」と口火を切る。

伊藤さん(提供 日本国際交流センター)

生島さんは「早めに治療を受ければきちんと生きられる時代。でも、感染者の高齢化が進むにつれ、介護や福祉の人、HIV診療以外の医療者にも、もっとHIVについての正しい知識を持ってもらうことが、差別や偏見にさらされないようにするためにも大切になる」と今後の問題点を提起した。

生島嗣さん (提供 日本国際交流センター)
生島嗣さん (提供 日本国際交流センター)

エイズをテーマとしたミュージカルの代表作「RENT」に出演したこともある福士さんは、「『RENT』は、エイズと死が近いところにあったが、今回の作品では、医療が進んだ現代が舞台で、(作品を通して)最新のエイズ事情も知ってほしい。演劇には“伝える”パワーがある」としめた。

福士誠治さん(提供 日本国際交流センター)

三世代で継承されたエイズの教訓

今月中旬から始まった「東京芸術劇場」での公演。ホールの入り口には、エイズに関する“新常識”をわかりやすく解説した小冊子などが置いてあり、観客は自由に手に取ることができる。客席は、若者から高齢者までの男女で埋め尽くされていた。

舞台は2010年代後半のニューヨーク。「エイズは死の病」という時代を見てきた60代と、現代の「発症を予防できる」までになった今を生きる20代、そして、その間に挟まれた30代という、三世代のゲイ・コミュニティーの物語だ。前編と後編に分かれていて、あわせて6時間半という大作となっている。

舞台写真(撮影:引地信彦)

この作品を手掛けた米国の劇作家マシュー・ロペス(1977年生まれ)は、10代の頃に自分がゲイであることを自覚したという。まだ、死と隣り合わせだった時代のエイズをどう見ていたのか。その当時に感じていた死の恐怖から出発して、現代に至るまでの、嘘偽りのない、赤裸々な思いが綴られたロペス氏の自伝とも感じられた。

舞台写真(撮影:引地信彦)

劇中では、トランプ氏が当時、アメリカ大統領に就任したことを巡り、賛否の議論を交わす場面もある。閉幕後に行われたトークショーでも、「作品は現代の社会を照らし出す舞台になっている」という登壇者全員の思いも、納得できるものだった。

時は進み、HIV陽性であることに気付かず、医療に繋がらなかった男娼が、周囲の温かいサポートで“HIVと共存していく”というところで、“継承の物語”は幕を閉じる。

2030年のエイズ終結に向けて

日本で、昨年報告されたHIV感染者とエイズ患者は884人。6年連続での減少で、ピークから半減に近い。世界では、昨年のHIV新規感染者は推計で130万人。国連では、2030年までに“流行を終結させる”という目標を掲げて、世界中で様々な取り組みを行っている。この演劇は、私たちがエイズへの偏見や差別をなくし、検査や治療へ繋がりやすい社会の在り方を考える、一つのきっかけになると感じた。

カーテンコール(提供 東京芸術劇場)
カーテンコール(提供 東京芸術劇場)

「インヘリタンス-継承-」
東京公演  東京芸術劇場     ~2月24日(土)
大阪公演  森ノ宮ピロティホール  3月2日(土)
北九州公演 J:COM北九州芸術劇場  3月9日(土)

閉幕後のセッション(提供 東京芸術劇場)