「世界人権宣言の趣旨にも反し人道上看過できない不相当な主張」「難民申請者の実情を無視」「まったく意味のない的外れな主張」--ミャンマーの少数民族ロヒンギャの男性が、国に難民認定を求めた裁判で、今年1月、名古屋高裁は男性の逆転勝訴を言い渡し、確定した。注目したいのは、判決が国(出入国在留管理庁)の姿勢を痛烈に批判していたことだ。何が問題とされたのか。国際人権法の専門家とともに追った。(元TBSテレビ社会部長 神田和則)
ミャンマーの国籍が認められないロヒンギャ
ロヒンギャは仏教徒が多数を占めるミャンマーでは少数派のイスラム教徒だ。西部ラカイン州の出身だが、国籍法では、隣国バングラデシュから流入してきた不法移民とされ国籍を認められていない。
民主化運動の指導者、アウン・サン・スー・チーさんが国家顧問に就任した後も状況は変わらず、2017年には国軍による大規模な武力弾圧で70万を超える難民がバングラデシュに逃れた。国連調査団は「ロヒンギャはジェノサイド(集団殺害)の深刻なリスクの下にある」と報告書をまとめている。
国際人権法が専門で、法務省の難民審査参与員も務めた阿部浩己明治学院大教授は語る。
「ロヒンギャの人たちが、本来、持つべき国籍をはく奪され、激しい差別を受けてきたことは国際的な常識で、ロヒンギャであればまず問題なく難民と認定できるはず」
そのロヒンギャの男性を巡る裁判で、なぜ1、2審の判決が正反対になったのか。
「ミャンマー国内全域でロヒンギャの民族性を理由にジェノサイドが行われているとは認められない」(1審判決)
男性は2007年12月に来日した。ロヒンギャであり、ミャンマーで民主化運動にも関わってきたことなどから、帰国すれば迫害を受ける恐れがあるとして、4回にわたり難民認定を申請した。しかし、いずれも不認定となったため、裁判を起こした。
国は、男性がロヒンギャであること自体に疑問を呈するなど全面的に争った。主な主張を挙げてみる。
▼ロヒンギャは範囲が極めて不明確。ロヒンギャと名乗る集団は近年形成されたもので、民族が存在しているか疑問。
▼ミャンマーで国籍を取得できるかどうかは、国籍法の要件に当たるか否かで決められている。それに当たらない者に国民としての権利を与えないのは当然。
▼強制労働、土地没収、イスラム教徒への迫害は、主にラカイン州北部でのことで、男性が住んでいたヤンゴンについての状況は一切明らかにされていない。
▼男性がロヒンギャであると裏付ける証拠は、在日ロヒンギャ団体の会員証以外にはまったくない。
1審名古屋地裁(日置朋弘裁判長)は、昨年4月、男性をロヒンギャと認めたものの、国側の主張に沿って「ミャンマー国内全域で民族性を理由にジェノサイドが行われているとは認められない」「男性の本国や日本での政治活動の程度に照らせば、帰国した場合に逮捕や収容のおそれは認められない」などとして、訴えを退けた。男性は控訴した。
「難民申請者が置かれた実情を無視する国の主張は失当」(2審判決)
「難民の認定をしない処分を取り消す。法務大臣は難民の認定をせよ」
今年1月、2審の名古屋高裁(長谷川恭弘裁判長)は、男性の主張を全面的に認める判決を言い渡した。最初の申請から実に16年。阿部教授は「難民条約の理念をまさに体現して“難民認定はこうあるべきだ”と説いた判決、国際的な評価にも耐え得る内容だ。地裁判決と対比してみると、そのゆがみが鮮明にわかる」と高く評価した。
高裁判決の考え方はこうだ。
まず最初に、難民が「自分は難民だ」と証明することの難しさについて述べる。
「難民は迫害を受ける恐れがある者で、一般的に非常に不利な状況に置かれているから、自分自身に関する事実でも、難民であると証明する十分な客観的資料を持って出国することが期待できない(持っていれば出国自体を阻止される可能性が極めて高い)。そればかりでなく、出国した後も資料の収集は困難」
続いて裁判官の判断のあり方に言及する。
「裁判所が判決を出すにあたり、(本人の)供述を主な資料として、恐怖、国家機関や公務員への不信感、時間の経過に伴う記憶の変容の可能性、置かれてきた環境の違いなども考慮して、基本的な内容が首尾一貫しているか、(供述が)変遷した場合に合理的な理由があるか、不合理な内容を含んでないかなどを吟味し、難民であると基礎付ける根幹の主張が認められるか否かを検討すべき」
そのうえで、国が「難民に当たると基礎付ける諸事情の有無および内容等は、申請者が正確に申告することが容易である」と主張したことに対して「申請者が置かれた実情を無視するもので失当」と強く批判した。
阿部教授が解説する。