フィギュアスケート男子で五輪2連覇の羽生結弦(27)が19日、都内で会見を開き、第一線から退くことを表明しました。その会見を終え、TBSテレビ「news23」に生出演。小川彩佳キャスターの質問を通して、“決意表明会見”の真意について語りました。

■“新たなステージに進んでまた見ていただきたい” 会見を終えた心境は?

小川彩佳キャスター:
プロ転向、本当におめでとうございます。会見を終えられて、どんなお気持ちですか?


羽生結弦選手:
会見はとても緊張しました。どのように捉えていただけるかわからなかったですし、自分自身が思う、“これから前に進むんだ”ということが伝わるのかどうか、とても緊張しながら話していました。
あとは一仕事終えたかなっていう、緊張感からちょっと解き放たれた感じがあります。

小川キャスター:
日本中、世界中が注目した決断は“プロ転向”。つまり五輪などの大会や試合には出場されないということでしょうか?

羽生選手:
はい。これからは“競技会っていうものに関しては出ない”ということになります。

国山ハセンキャスター:
プロ転向という決断に至るまでに、何かターニングポイントのようなものはあったのでしょうか?

羽生選手:
大きいのは北京オリンピックですね。やっぱり北京オリンピックで夢に向かって挑戦をして。実際に挑戦が叶ったわけではないんですけれども、その中でたくさんの方々に応援していただいたりとか。またその姿を見て、さらに応援したいっていう声をいただいて。僕はこれだけ頑張って、結果を残せなかったとしても、「スケートを滑っている意味があるんだな」って。「自分が存在する意味があるんだな」っていうことを改めて考えさせられて。そのあとアイスショーがあったんですけれども、その中でやっぱり僕は、皆さんのために滑るのが好きだなと。そして皆さんの前で滑って、それで何かを感じてくださったり、そこで何かを評価していただいたり、そんなところがフィギュアスケートの好きなところなのかなって思って。新たなステージに進んで、皆さんにまた見ていただけるようになりたいなって思いました。

■「羽生結弦という存在は重荷」だけど「皆さんが喜んでくれるのは幸せ」

国山キャスター:
今回の会見で羽生選手が発した気になるワードを深掘りしていきます。

羽生選手の会見での発言
「僕にとって羽生結弦という存在は常に重荷です。もう本当に重たいです。それでも、その羽生結弦という存在に恥じないように、生きてきたつもりですし。これからも生きていく中で、羽生結弦として生きていきたいなって思います」

小川キャスター:
「羽生結弦という存在は重荷」という言葉。この感覚もプロ転向に大きく影響したんでしょうか?


羽生選手:
それもありますけど・・・。僕はこれからプロとしてとか、例えばスケートを一切滑らないということになってしまったとしても、“羽生結弦”っていうのは常につきまとってくるんだろうなって思います。だからこそ、もしその羽生結弦という存在が自分自身を見たときに、恥ずかしくない行動を常にしていきたいなって思ってますね。

小川キャスター:
どんなときに、その羽生結弦という存在を特に重荷に感じましたか?

羽生選手:
そうですね・・・やっぱり、常になんですよね。スケーターとして演技するときもそうですし、例えばそれがアイスショーという舞台であったとしても、やっぱり皆さんが期待してくださる演技、それ以上の演技っていうものを常に求めたいですし。それをしたいなと常に思っていますし、それができなかったらどうしよう、とも思ってしまいます。
日常生活であれば、「オリンピック2連覇した人間、あんなところで肘かけに手をかけてふんぞり返ってたよ」って言われても嫌だし。そういう自分の汚い部分みたいなものは徹底的になくしていきたいなっていうか、常に胸を張って、誰が見ても指をさされることのない人生を送りたいなって思ってるので。苦しいなって思うことは多々あります。

国山キャスター:
そういう困難やプレッシャーを、常にどう乗り越えてきたのですか?

羽生選手:
頑張っていい演技したりとか、今回の「重荷」っていう言葉とか、あとは「努力報われなかったけど幸せです」とか、いろんな言葉で発してきたつもりですけれども、そうやって言葉一つ一つを大切にしたり、またはスケートでもやっぱりいい演技をしたいと思って努力したり。そういうことがちゃんとできたときは報われて、皆さんの中に残ってくださるんですよね。プレッシャーはすごく感じるんですけど、そのあとに皆さんが評価してくださる、見てくださるっていうことが一番の報酬というか、自分が一番嬉しく思える、幸せに思える時間なので。プレッシャーはつらいですけど、確かに「羽生結弦として生きていくのは大変だな」って思うことはたくさんありますけど、皆さんが喜んでくれたり幸せだと思ってくれたりすることが、やっぱり幸せです。