(ブルームバーグ):ケビン・ウォーシュ氏が5月にホワイトハウスで開かれた式典で米連邦準備制度理事会(FRB)議長に就任した際、トランプ大統領は自ら選んだウォーシュ氏を称賛し、「完全に独立」して職務に当たるよう促した。
トランプ氏は「自分の考えでやればいい」と述べた。
インフレが高止まりし、物価抑制に向けた利上げ圧力の高まりに米金融当局が直面する今週、大統領が認めたその裁量が試されることになる。11日に発表された8月の消費者物価指数(CPI)では、変動の大きいエネルギーと食品を除くコアインフレ率が市場予想を上回るペースで上昇した。これを受け、先物市場が織り込む今月15、16両日の連邦公開市場委員会(FOMC)会合での利上げ確率は85%を超えた。
これによりウォーシュ議長は、連邦準備制度に繰り返し大幅な利下げを求めてきた大統領と衝突する可能性が高まっている。トランプ氏は最近、金融政策が緩和されなければ貿易戦争を激化させると警告し、13日には米国の借り入れコストは世界で最も低くあるべきだとの従来の主張を繰り返した。
今週の会合で米金融当局が利上げすると予想しているかとの質問に対し、トランプ氏は「分からない」と答えた。
金融緩和を求める圧力は、ホワイトハウス内の政治的な焦りで一段と強まっている。11月の中間選挙を控え、世論調査では生活費の上昇に対する有権者の不満が高まっている。利下げの効果が実際の住宅ローンやクレジットカードの支払いに波及するまで数カ月かかるとしても、トランプ氏にとっては経済的な負担軽減が近づいていると訴える材料となり、政権への批判をそらすことができる可能性がある。
こうした状況により、投票日まで数週間となる中、ウォーシュ議長は制度上の板挟みに陥っている。
ピーターソン国際経済研究所のシニアフェローで、国際通貨基金(IMF)の元チーフエコノミスト、モーリス・オブストフェルド氏は金融当局について、「大統領の怒りを買うか、市場の信認を損なうかという、まさに逃げ場のない状況にある。後者の場合、将来的にインフレへの影響がより深刻になる可能性が高い」と話す。
その上で、「連邦準備制度の責務が問われている時に政権の圧力に屈したFRB議長として、ウォーシュ氏が歴史に名を残したいと望むは考えられない」と語った。
8月のCPI発表以降、ホワイトハウス当局者の1人は、利上げに大統領がどう反応するかを巡り、相反するシグナルを発している。
国家経済会議(NEC)のハセット委員長は11日、ブルームバーグテレビジョンに対し、トランプ氏は依然として利下げを望んでおり、連邦準備制度が利上げすれば「大統領はそれについて何か言うだろう」と述べた。
ハセット氏は13日、この発言をやや和らげた。同氏はFOXニュース・サンデーで、「利上げとなれば、大統領は間違いなく非常に不満だろう。ただ、何よりもケビン・ウォーシュ氏の独立性を守るだろう」とコメントした。
パウエル前議長への攻撃
前任者の経験が参考になるとすれば、ウォーシュ議長も厳しい状況に直面する可能性がある。トランプ氏が最初にFRB議長に指名したジェローム・パウエル氏は2018年2月初めに就任したが、同年7月には利上げを巡って大統領から公然と批判を受けた。その後、前例のない攻撃が何年にもわたって続いた。
パウエル氏はホワイトハウスとは距離を置き、形式的な関係を維持した。これに対し、ウォーシュ議長は就任後、トランプ氏と複数回、非公式に話をしている。FRBウオッチャーの一部は、米金融当局が新たな利上げ局面に入ったとしても、ウォーシュ議長は大統領との個人的な関係を生かしてトランプ氏をなだめることができるとみている。
コンサルティング会社エナジー・アスペクツの米国担当エコノミスト、マイケル・レドモンド氏は「電話で大統領を持ち上げながら、話を聞き、言い分を十分に聞くことができる」とし、「そうすれば、ウォーシュ氏への圧力はそれほど強くならないかもしれない」との見方を示した。
それでもウォーシュ議長は、連邦準備制度に強い圧力をかけてきたホワイトハウスとの間で、慎重なかじ取りを迫られている。その圧力は言葉による攻撃だけにとどまらない。
トランプ氏はクックFRB理事の解任を試みたが、これまでのところ連邦最高裁に阻まれている。また、司法省はワシントンにあるFRB本部の改修工事費用が当初見積もりから大幅に膨らんだことに関連し、パウエル氏に対する刑事捜査を実施。与野党双方の議員が異議を唱え、連邦判事が捜査を権力の乱用だと評した後、捜査は打ち切られた。
ネイビー・フェデラル・クレジット・ユニオンのチーフエコノミスト、ヘザー・ロング氏は「今のウォーシュ氏は政治的にはどちらに転んでも勝ち目がない」と指摘。「利上げすれば大統領からSNSで批判され、据え置けば市場から反発を受けることになる」と説明した。
トロント・ドミニオン銀行やJPモルガン・チェースなどウォール街の大手金融機関は、11日のインフレ指標発表後、今週の利上げを見込んで金利見通しを相次いで修正した。
ブルームバーグ・エコノミクス(BE)の米国担当チーフエコノミスト、アナ・ウォン氏らは「市場が発するありのままのシグナルは明確だ。FOMCによる利上げを望み、実施を予想している。連邦準備制度が利上げしなければ、ウォーシュ氏は市場参加者からの信認を失うことになる」との分析を示した。
フィラデルフィア連銀の前総裁で、現在はペンシルベニア大学ウォートン校ディスティングイッシュト・プロフェッサーのパトリック・ハーカー氏は、利上げは一見すると逆説的ながら、インフレ懸念を和らげることで、政権が掲げる広範な経済目標の達成を後押しする可能性があるとコメント。インフレ期待が高まりすれば長期国債の利回りが上昇し、住宅ローンや企業の借り入れコストが高くなる可能性がある。
ハーカー氏は「利上げすれば、連邦準備制度がインフレ抑制にしっかり取り組んでいるというシグナルになる」と述べ、「政権がやろうとしていることを妨げるのではなく、むしろ後押しする可能性がある」と論じた。
米30年債利回りは、FOMCが金利据え置きを決めて、ウォーシュ議長が記者会見でその理由について投資家を納得させる説明ができなかった7月29日に、特に大きく上昇した。
難しいバランス
一方、ウォーシュ議長は連邦準備制度内部でも、もう一つの難しいバランスを取る必要がある。議長が5月に引き継いだFOMCは、金融当局の独立性を守ることを重視している。こうした組織防衛の姿勢が鮮明になったのが5月だ。パウエル氏は数十年来の慣例を破り、議長任期を終えた後も理事にとどまり、トランプ氏がその理事ポストに後任を送り込むことを阻んだ。
こうした中、米金融当局者は高止まりするインフレへの懸念を着実に強めている。7月の会合では3人の地区連銀総裁が利上げを支持して据え置きに反対票を投じた。直近のデータを受け、ウォーシュ議長が利上げを見送ろうとすれば、自ら率いていこうとしている同僚の間での立場を損なう可能性がある。
皮肉にも、トランプ氏はFRB議長候補を面接していた際、こうした事態を予見していた。
トランプ氏はウォーシュ氏を選ぶ数日前の1月、「候補者たちは私が聞きたいことを何でも言う。そして職を得る」とし、「ところが職に就いた途端、『少し利上げしよう』となる」と語っていた。
原題:Fed’s Warsh on Collision Course With Trump as Rate Hike Looms(抜粋)
--取材協力:Maria Paula Mijares Torres.
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