(ブルームバーグ):人工知能(AI)が本当にホワイトカラーの大量失業を引き起こすかどうかは誰にも分からない。ただ、この大量失業を最も声高に警告しているのは、皮肉にも、AIを開発し売り込んでいる当事者らだ。
彼らの予測は、AIの影響力を強調する宣伝になると同時に、無関係なコスト削減策を、AI導入の成果のように正当化する口実として使われることも少なくない。シンクタンクやアナリストの見通しも、現実味を欠くほど極端なものが目立つ。
正直なところ、現時点ではデータ不足のため、誰もが推測するしかない。
しかし、雇用の置き換えが徐々に始まる中で、これから繰り返されるお決まりの説明はすでに見えている。再訓練やスキル向上といった、雇用喪失の現実を政治的に受け入れやすくするための聞こえの良い言葉だ。人々を安心させるだけの新たな方便にしてはならないし、AIによる変化のしわ寄せを受ける人を置き去りにしたまま、輝かしい未来を語る口実にしてもいけない。
政策当局やテクノロジー企業の経営者は、大規模な混乱が起きるまで待つべきではない。また、再訓練をあたかも万能の解決策であるかのように語るのもやめるべきだ。
厄介な移行期
米国は産業の空洞化後に同じ経験をしている。製造業の雇用喪失は比較的限定された地域に集中していたが、その影響は家族や地域社会、さらには政治にまで世代を超えて広がった。当時の再訓練政策の成果は、よく言っても限定的だった。
過去の技術革命と同じく、現時点では想像もできない新たな仕事をAIがいずれ生み出すと楽観論者は考えている。
ブルッキングズ研究所のモリー・キンダー上級研究員は現在の混乱を伴うAI普及と、汎用人工知能(AGI)後の豊かな未来との間の期間を「厄介な移行期」と呼んでいる。政策当局がこの局面を軽視すれば、その先にある豊かな将来も実現しないかもしれない。
テック企業の経営者らはユートピア的な未来像を好んで語るが、そうした将来が訪れる前に市民らが反発する可能性もある。キンダー氏は再訓練政策について「労働市場への介入策の中でも、特に成果が乏しい分野の一つだった」と振り返る。
一方で、労働市場への影響は産業の空洞化時代をはるかに上回る恐れがある。ブルームバーグ・エコノミクスによると、先進国では労働者の27%、1億2000万人超がAIによる影響を「強く受ける」公算が大きいという。全員が職を失うわけではないが、極めて大きな混乱の可能性を示唆している。
再訓練に活路
企業トップはすでに再訓練に活路を求めている。最近の調査では、最高経営責任者(CEO)の約4分の1が、自社従業員の半数超でスキル向上が必要になると回答。ある銀行経営者は先月、「価値の低い人的資本」をAIで置き換えると発言した。批判の声が上がった後、この経営者は謝罪し、お決まりの再訓練論を持ち出した。
だが、学び直せばいいという話は、具体的には何を意味するのか。問題は、その答えが驚くほど曖昧であることが多い点だ。人事コンサルティング会社ランスタッドの最近の分析では、将来求められる能力として、AI活用力に加え、感情知能や創造性、問題解決能力、批判的思考、倫理的判断といった「人間ならではの能力」が挙げられている。
前者は当然だ。労働者はAIツールを使いこなす必要がある。しかし、後者は望ましい資質の一覧であって、職を失った人々が次の仕事に移るための具体的な道筋とは言い難い。
手に職をつけろ
テクノロジー業界では、傲慢(ごうまん)なまでに単純な答えとして、ベーシックインカムや「手に職をつけろ」という主張が見られる。アンソロピックやOpenAIの推計でも、ブルーカラー職は生成AIによる影響を比較的受けにくいとされている。
だが、どちらも十分な回答になっていない。ベーシックインカムを解決策とするには、人々を単なる給付金の受け手とせず、社会とのつながりや働く意義を維持できるような再分配制度を構築することが前提となる。また、手に職をつけろという主張には、かつての「コードを学べ」と似た響きがある。
半ば本気の再訓練スローガンだった「コードを学べ」は、今ではソフトウエアエンジニアリングがAIの影響を受けやすい職種の一つとなったことで、強烈な皮肉となっている。また、大工や精肉業者、配管工、家事代行スタッフに社会が突然、今よりはるかに高い賃金を支払うようになることを前提としている。
もちろん、人々は何もしていないわけではない。中国で今年起きた「OpenClaw(オープンクロー)」の熱狂は、エージェント型ソフト導入だけでなく、必死に新たなスキル習得を図る動きでもあった。米国では、不安は対立的な形で表れており、データセンター建設への抗議運動も起きている。
社会の在り方が大きく変わっていくのを目の当たりにする中で、いずれも自らの将来を自分で切り開こうとする同じ本能の表れだ。
見せかけの安心感はいらない
もう一つの希望は、シカゴ大学の経済学者アレックス・イマス氏の論考「何が希少になるのか」から生じている。AIによって認知的な作業が安価になるなら、人間同士の関係性はより価値を持つようになるという考え方である。教育や高齢者介護、ソーシャルワークなど、人間的な要素が必要となる「関係性セクター」の仕事には高い価値が付くというわけだ。
その可能性はある。だが、こうした分野が多くの社会で十分に評価されていない。当局が今後の高賃金職種にしたいのであれば、介護や教育への予算拡充、職業訓練制度の充実、より明確なキャリアアップの道筋、そして賃金や職業的尊厳を高めるための幅広い取り組みを今すぐ進めなければならない。
ただ、こうした議論は多くの人がまず職を失うことを前提としている。しかも、失業したプログラマーやマーケティング担当者が介護や教育などの分野に流入したからといって、その仕事の賃金が自然に上昇するわけでもない。
真に実効性のある再訓練政策には、労働者に発言権を与えることが必要だ。労働者が反テクノロジーだと決めつけるのは安易である。労働組合幹部らは、テクノロジーによって仕事がより安全で容易になるなら、労働者はそれを支持すると語ることが多い。彼らが求めているのは、AIを職場でどのように使うか発言する権利だ。
結局のところ、移行期で求められるのは、新たなスキル習得という見せかけの安心感ではない。必要なのは、どの仕事がAIによって補完され、どの仕事が失われているのかをリアルタイムで把握するデータだ。その上で、当局者は移行期の所得保障や介護・教育分野への重点投資、あるいはAIによる豊かさが実現した際に生産性向上の果実をどう分配するかを検討すべきだ。
労働者は適応できる。人間の順応力は驚くほど高い。しかし、危険なのは、「新たなスキル習得」という言葉が、大量失業を政治的に受け入れやすくし、事実上、職を失った人々の自己責任にする口実になってしまうことだ。
それがAI時代への架け橋だと主張するのであれば、そもそもその先に行き着く場所がなければならない。そうでなければ、これは崖っぷちに向かう道標に過ぎないのだ。
(キャサリン・トーベック氏はアジアのテクノロジー分野を担当するブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。CNNとABCニュースの記者としてもテクノロジーを担当しました。このコラムの内容は個人の意見で、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの見解を反映するものではありません)
原題:What If AI Retraining Is a Comforting Lie: Catherine Thorbecke(抜粋)
もっと読むにはこちら bloomberg.com/jp
©2026 Bloomberg L.P.