ロシア銀行(中央銀行)は、4月24日に開催した定例の金融政策において、政策金利(キーレート)を50bp引き下げて14.50%とすることを決定した。
中銀による利下げ実施は8会合連続であり、政策金利の水準も2023年9月以来の水準となるなど、金融緩和を進めている。
ロシア経済は、ウクライナ戦争による戦時経済が4年以上にわたる。
こうしたなか、インフレ率は2023年半ば以降に中銀目標(4%)を大きく上回る伸びに加速したため、中銀は戦時下にもかかわらず物価抑制を目的に累計850bpもの利上げに動いた。
しかし、インフレ率は2025年3月を境に鈍化に転じたため、中銀は2025年6月に約3年ぶりの利下げに動き、その後もインフレが一段と鈍化したことで断続的な利下げを実施した。
今回の利下げ実施により、2025年6月以降における累計の利下げ幅は650bpに達する。

中銀が利下げに動く背景には、ウクライナ戦争の開戦直後は、欧米などによる経済制裁にもかかわらず、原油など商品市況の上昇に加え、軍事費の増大が幅広く経済活動を押し上げたものの、足元ではそうした勢いに陰りがみえていることがある。
戦時経済が長期化するなか、物資不足や労働力不足などが経済活動の制約要因となり、2025年の経済成長率は+1.0%にとどまったうえ、年明け以降の実質GDP成長率は前年比でマイナス成長に陥ったと試算されるなど、景気に急ブレーキがかかっている。
現地報道によれば、プーチン大統領が景気低迷を巡って政府高官らを叱責するとともに、新たな成長促進策の策定を指示したと伝えられており、政府や産業界などから中銀にさらなる利下げを求める声が強まった。
中東情勢の緊迫化以降の原油高などを受けて世界的に物価上昇の動きが広がっており、ロシアでもガソリンをはじめとするエネルギー価格は上昇している。
一方で、3月のインフレ率は前年比+5.87%と前月(同+5.92%)から鈍化したほか、コアインフレ率も同+5.01%と前月(同+5.17%)から鈍化して2023年9月以来の伸びとなっており、追加利下げを後押ししたと考えられる。

会合後に公表した声明文では、ロシア経済について「税制変更(VAT(付加価値税)引き上げ)や異常気象の影響で年明け直後の景気は下振れしたと示唆される」とした。
そして、「景気下振れは一時的なものにとどまったものの、2026年通年の経済成長率見通しを+0.5~1.5%に維持する」との見方を示した。
物価動向については、「VAT引き上げや管理価格の変更、関税引き上げなど一時的な要因で上振れしている」とし、「これらの要因を除けば基調インフレは変化していない」とした。
しかし、「インフレ期待は高止まりしており、インフレの持続的低下の動きを阻害する可能性がある」との認識を示した。
そのうえで、先行きの政策運営について「物価抑制に関するリスクがデフレリスクより大きい」とし、物価抑制に関するリスクについて「地政学リスクによる物価上昇、インフレ期待の高さ、賃金上昇が生産性の上昇を上回るリスクが要因になる」とした。
そして、「歳出増による財政赤字が拡大した場合、基本シナリオより引き締まった政策運営が必要になる」と指摘した。
同時に公表した中期見通しでは、2026年の政策金利の平均値の見通しを「14.0~14.5%」と従来見通し(13.5~14.5%)から引き上げており、利下げ局面の終了が近づいていることを示唆した。
その一方、金融市場は、ロシア経済のプラス成長を促す政策金利の水準を12%程度と想定している模様であり、今回の中銀によるメッセージは『タカ派』的と捉えられる可能性がある。
会合後に記者会見に臨んだ中銀のナビウリナ総裁も、今回の決定について「50bpの利下げと据え置きを協議した」ことを明らかにしたうえで、「次回会合では利下げを一時的に見送る可能性がある」とした。
そして、「足元の原油価格の上昇は財政運営にとって追い風になる」としつつ、「歳出増のリスクが高まっており、利下げ余地は縮小している」と述べるなど、追加利下げのハードルが高まっていることを示唆した。
中東情勢の緊迫化以降、イランによるホルムズ海峡の事実上の封鎖を受けた供給懸念を理由に原油価格は高止まりしており、ロシア産原油の価格も高水準で推移、足元では2026年度予算で想定する基準価格(1バレル=59~60.1ドル)を大きく上回っている。
トランプ米政権は3月、原油高による世界経済への悪影響を軽減すべく、各国に4月11日までの時限措置としてロシア産原油や石油製品の一部の輸入を認める措置に動いた。
さらに、中東産油国は窒素系肥料の原料である尿素の世界輸出量の3分の1を占めており、この供給懸念を理由に肥料価格も上昇した。
ロシアは尿素の世界輸出量の2割弱を占めるため、価格上昇は輸出を押し上げると期待される。
したがって、財政運営面で余裕が生じているうえ、結果的にウクライナ戦争の継戦能力が向上しており、ロシアにとって自ら戦争をやめる誘因は大幅に後退している。
ロシア政府(連邦税関庁)はウクライナ戦争以降に貿易統計に関する詳細なデータの公表を止めており、直近で入手可能なデータに基づけば2021年時点における原油や石油製品、天然ガスの収支(輸出入の差し引き)はGDP比9.8%の黒字と試算される。
ウクライナによる精製施設への攻撃を受けてロシア国内における石油精製能力は低下しており、足元の黒字幅は縮小している可能性があるものの、足元の原油高はマクロ面で景気を押し上げることが期待される。
こうしたことから、ロシアを巡ってはイラン戦争を巡って『最大の勝者』とみる向きは少なくない。

ロシア政府(財務省)は、ウクライナ侵攻を受けた欧米などによる経済制裁強化の影響で通貨ルーブル相場が大きく混乱したことを受けて、外為規制・外為管理法に基づいて外国為替取引を大幅に制限してきた。
しかし、中東情勢の緊迫化以降の原油価格の上昇などを追い風に、足元のルーブル相場は上昇基調を強めるなど落ち着きを取り戻したことを受けて、5月から国内市場での外国為替取引や金の売買を再開することを明らかにした。
中銀のナビウリナ総裁はこの措置について「外国為替取引の再開は市場の安定に資する」との見方を示しており、ルーブル相場の安定は輸入物価の抑制を通じた物価安定につながることが期待される。
しかしながら、原油や肥料価格の高騰はマクロ面でロシア経済の追い風になると期待される一方、ウクライナ戦争の見通しが立たないなかで欧米などの経済制裁が解除される可能性は低く、物資不足や労働力不足が経済活動の制約要因となる状況が大幅に好転するとは見通しにくい。
その意味では、足元のルーブル相場の安定は「閉鎖された空間」で醸成されているものに過ぎず、実態と乖離している可能性に留意が必要であろう。

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(※情報提供、記事執筆:第一ライフ資産運用経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト 西濵 徹)