(ブルームバーグ):観光政策が揺れている。訪日客(インバウンド)の急増で観光地周辺の住民の不満はくすぶっており、客数拡大一辺倒では限界が見えつつある。政府は今後5年の観光戦略の素案で6000万人の目標は維持しつつ、近隣住民の生活を守る姿勢を強く打ち出した。
国土交通省の交通政策審議会観光分科会は30日、「第5次観光立国推進基本計画」の素案を示した。マナー違反などが問題になる中、観光客受け入れと住民生活の質の確保の両立に取り組む地域を2030年までに100カ所とする目標を新たに掲げた。
また日本文化や習慣への理解が深いとされる再訪客の獲得にも力を入れる。30年のリピーター数を4000万人に設定。16年の「観光ビジョン」で決定した3600万人から引き上げた。今年3月をめどに最終案を固め、その後閣議決定する。
政府が2030年に訪日客6000万人という目標を掲げたのは16年。新型コロナウイルス禍など逆境を経て、25年の訪日客数は15年比2倍超の4268万人にまで増えた。米市場調査会社のスフェリカル・インサイツによれば、日本の旅行市場は22年から32年にかけて年平均8%で成長すると見込む。
日本の数少ない成長産業だが、受け入れ能力を上回る観光客が訪れる地域では、混雑や騒音、ゴミなどの問題も深刻化し、住民に疲れの色も見える。
京都市伏見区東瀬川町で観光客と住民の状況を調査した立命館大学3年の和田拓真さんによれば、住民からは夜間の騒音などに不安の声が上がった。調査地は伏見稲荷大社などの観光地に近いが、もともと住宅地だ。民泊が増え、見知らぬ人が頻繁に出入りすることに住民はストレスを感じているという。
観光産業の持続的な成長には住民の理解は欠かせない。市民の不満や不安が政局を動かすこともある。昨夏の参院選では「外国人問題」を争点に据えた参政党が支持を集め、自民党も対応を迫られた。
日本観光振興協会の最明仁理事長は、「住民の不満が観光抑制の世論に変われば、観光施策や開発への合意を得られにくくなる」と話す。なた「おもてなし」の低下につながり、日本のブランド価値を損なうことにもなりかねない。誘客だけでなく、「受け入れる住民側に立っての観光施策に動かなければならない」と強調する。
地域住民との共生を意識する姿勢は、関係省庁の予算からも浮かび上がる。観光庁の発表によれば、26年度予算としてオーバーツーリズムの防止などに100億円を計上した。前年度の8倍の規模だ。
自民党の観光立国調査会で会長を務める鶴保庸介参院議員は、インバウンド1000万人を目指していた際は「とにかくたくさん来てくれという世界だった」が、今は「変質してきた」と説明。6000万人目標は維持すべきだとしつつ、「少しずつコントロールしながら入ってきてもらうことを考えなければいけない」と語る。
地域住民との摩擦を避けながらインバウンド6000万人を達成するには、地方空港の機能強化と、地方空港から目的地までの2次交通の整備が必要だと鶴保氏は指摘する。現在は成田、関西、羽田の3空港で約7割の訪日客を受け入れているが、地方空港に「直接入って直接出てもらうような仕組みを作らなければいけない」と話した。
質の拡充は急務
一方で、国家戦略としての観光立国政策が下火になるとの懸念もある。高市早苗内閣が昨年11月に示した17の戦略分野に「観光」はなく、「正直、ショックを受けた」と最明氏は語る。
高市首相はかねて外国人の受け入れに関する関係閣僚会議で、「インバウンド観光も重要」とした一方で、一部の外国人による違法行為やルール違反に「毅然(きぜん)と対応する」とも発言していた。自民党総裁選の演説会で奈良公園のシカを蹴り上げる「とんでもない人がいる」と口にしたこともあった。
2003年に当時の小泉純一郎首相が「観光立国」を国家戦略と位置づけて以来、政府はインバウンド誘客への取り組みを進めてきた。小泉内閣では2003年から「ビジット・ジャパン・キャンペーン」と称して誘致活動を強化し、2004年には初めて600万人を達成。
安倍晋三内閣ではアジア諸国への査証(ビザ)の発給要件緩和や消費税免税制度の拡充を進め、2013年には1000万人を突破した。
最明氏はこうした政策面での後押しは「当たり前だと思ってきていた」と話す。
ただ、数ありきの支援策には課題もある。
ソニーフィナンシャルグループの宮嶋貴之シニアエコノミストは、「インバウンドをもろ手を挙げて歓迎するという状況ではなくなってきている中、より1人当たりの消費単価に起点を置いた政策が重要となる」と話す。滞在日数が比較的長い欧米豪からの客をより呼び込むことや、富裕層向けの取り組みを加速することが大事だとした。
--取材協力:横山恵利香.
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