トランプ政権による大学弾圧

トランプ米政権は5月22日、ハーバード大学の外国人留学生受け入れ資格を停止すると発表した。新規の入学のみならず、在学中の留学生も転校しない場合は米国の滞在資格を失うという過激なものである。トランプ政権は米国大学のリベラルな傾向を敵視しており、これまでも補助金カット等を進めてきたが、今度は米国の大学の重要な構成要素となってきた留学生をターゲットとしている。

米国の大学は、留学生から多大な恩恵をうけてきた。授業料や寄付金といった資金面だけでなく、アイデアやノウハウ等を留学生は提供している。英国エコノミスト誌の記事によると、1901年以降、学術系のノーベル賞受賞者の55%は米国居住であるが、その3分の1以上が海外生まれであり、また、AI分野についてはトップレベルの研究者の3分の2が海外からの移住者であるとのことである。米国の最先端研究は留学生の貢献で形成されているというのはあながち誇張ではなく、今回の措置が他大学まで広がった場合、米国のイノベーション創出力は大きく低下するとみてよいだろう。カナダ、欧州、中国は米国からの頭脳流出の受け皿となる動きを足元で加速しており、米国は今後、「研究者から選ばれない国」になる恐れがある。

世界経済の成長性阻害に発展する恐れ

そしてこの問題は米国だけでなく、世界的な問題となる可能性がある。その理由としては、米国の科学技術や大学関係の予算カットの規模は他の国が賄いきれない規模に上るからである。現在、トランプ政権は400億ドルもの研究開発関連の政府予算をカットしようとしている。一方で、欧州が最近発表した科学技術関係の特別ファンドは約6億ドルである。中国も景気低迷が続くなか、科学技術予算を増額することには限度があるとみられる。世界全体で研究開発予算が減少となれば、世界経済の潜在成長率を低下させるリスクがある。

日本は「研究者の受け皿」となり科学技術立国へと繋げよ

一連のトランプ政権の対応については、ハーバード側も裁判を起こしており、現在の公表されているものよりも最終的にはマイルドな措置になる可能性はある。また、学内デモ等を取り締まっている大学には補助金が与えられており、トランプ政権に対して従順な動きをすれば留学生の受け入れ認可、補助金維持となるシナリオもありえる。もっとも、トランプ政権の大学不信が根深いなかでは、現在の強硬的な姿勢は大きく変わらず、長期化する恐れがあるといえるだろう。

こうしたなか、日本としては、欧州等と同じようにまずは海外からの留学生や研究者を積極的に受け入れることで、彼らの研究者としての人生を守ると同時に、米国からの頭脳流出を科学技術立国復活に繋げていくことが重要である。また、ただ単に予算や人員を増やすだけでなく、研究開発の効率性を高めることも必須である。実際、日本の研究開発の生産性は近年低下していると指摘されており、海外からの人材受け入れと同時に、日本の研究環境を高度化していく必要がある。具体的には、①オープンイノベーションの推進、②若手研究員の積極的な登用、③欧州等との国際共同研究の加速、④研究者を支えるバックオフィスの強化等を進めていくべきである。

日本経済だけではなく、世界経済の持続的な成長のためにも、日本として科学技術振興を強化していくべきである。

(※情報提供、記事執筆:日本総合研究所 調査部 調査部長 チーフエコノミスト 主席研究員 石川 智久)