政府が策定している「高齢社会対策大綱」をご存じだろうか。昨年(2024年)9月に6年ぶり5度目の改訂となる大綱が閣議決定されたのだが、各種報道を確認する限り、残念ながら世間の注目度は高いとは言えない。日本が今後もさらに高齢化していくこと、そして高齢化に伴う様々な課題が山積していることは多くの人が知っている。しかし、それらの課題に対して国がどのように対応していくのか、そのことの全体像まで知っている人は少ないのが現状であろう。その全体像を示しながら国の方向性や社会に対するメッセージを凝縮してまとめたものが「高齢社会対策大綱」であり、これを知ることは日本が目指すべき未来(超高齢未来社会)の姿を理解することにつながる。そこで本稿では改めてこの大綱とは何か、また今回改訂された中身について紹介しつつ、若干の考察を加えることとしたい。
「高齢社会対策大綱」とは?
高齢社会対策大綱は、「高齢社会対策基本法」(1995年制定)という法律に基づいて策定されるが、内閣府による説明をそのまま引用すれば、「政府の推進する高齢社会対策の中長期にわたる基本的かつ総合的な指針」をまとめたものとされる。大綱には、今の高齢化の現状(課題)を踏まえて、国としてどのような対応が求められるか、そしてどのような社会を目指すべきか、その政策メッセージが盛り込まれる。具体的には、「目的及び基本的考え方」から「分野別の基本的施策」で構成される。最初の大綱は基本法が制定された翌年の1996年に策定され、その後、経済社会情勢の変化を踏まえて適宜見直しが行われることとなっており、今回が5度目の改訂である。毎回、改訂にあたっては、内閣府の中に有識者会議が設置され、今回も「高齢社会対策大綱の策定のための検討会」が設けられ、2024年2~8月まで計8回の会議を経て、その報告書にもとづき改訂が行われた。
今回の改訂内容のポイントと考察
では、今回どのような内容となっているか、ポイントになる部分を簡潔に紹介したい。
(1)「高齢社会対策」は高齢者を支えるための取組みだけではない
まず冒頭の「大綱策定の目的」のところになるが、下記のとおり「高齢社会対策」は高齢者を支えるための取組みだけではなく、全ての世代の人のための取組みであることが明記されている。これはこれまでの大綱では見られなかった内容であるが、「高齢社会」のことは「高齢者」の話であり自分には関係ないと考えてしまう人も少なくないこと、また今後の日本社会を展望すれば「社会を支える側の担い手の確保が重要である」ことを念頭に言及されたものと考えられる。大綱を理解する前提としてまず確認いただきたい。
なお、若干敷衍すれば、高齢社会の問題を解決することは、個人にとっては、人生100年時代と言われる長寿の時代を“如何に最期まで安心して生きていけるか”、という問題の解決に貢献することとも言い換えられ、この点をより優先的に強調する観点からは、「長寿社会対策大綱」と名称変更した方が良いのかもしれないがどうであろうか。

(2)高齢社会対策大綱の3つの柱(目指すべき未来社会のあり方)
次に、具体的な内容についてである。詳細は広範多岐にわたるものであるが、何をすべきか、どのような社会に向かっていくべきかについては、次の3つの社会を実現していくこととして整理されている。これらが今回の高齢社会対策大綱の柱になるものであり、日本が目指す未来社会の姿と言える。

ではなぜこうした社会が必要とされるのか。「生涯現役社会」「地域共生社会」「認知症フレンドリー社会」という表現からも特に説明を要しないかもしれないが、設定に至った背景について補足しておきたい。高齢化に関連して「確実視される未来(変化)」と、それに伴い「不安視される未来(課題)」、これを踏まえて「目指すべき理想社会(対策)」(=今回改訂された高齢社会対策大綱の方向性)を整理した。
少子高齢化及び人口減少が続くなか、やがて日本は「高齢者が約4割」を占める本格的な超高齢社会を迎える(2050年以降、その常態化が予測される)。人口減少下にあっても高齢者の数だけは2040年半ばまで増え続ける見通しだが、増加する高齢者のほとんどは85歳以上の高齢者である。85歳以上ともなれば、介護や認知症の問題を抱える人も少なくないうえに、家族のスモール化も進むなか、独り暮らしの高齢者はさらに増え続け、身寄りのない高齢者も増えていくことになる。社会を支える側が減少し、支えられる側が増えていく構図は、社会保障財政の問題、医療・介護サービスの供給問題、労働力・地域力の減退など様々な課題を惹起するが、これらの課題を放置してしまうと社会としての持続性が危ぶまれることになる。
そうならないための対策としてまとめられたのが大綱の示す3つの社会の実現と言える。「生涯現役社会」の実現、すなわち年齢に関わらず活躍し続けられるということは、本人の健康面や経済面に寄与するだけでなく、地域社会を支える担い手が増えることにつながり、高齢化課題解決の最大の特効薬と言えることである。同時に、支えられる側の暮らしと人生を支えていくために第2・3の柱に位置づけられる社会にしていきながら「支える側」と「支えられる側」が相互につながりあい共生できる社会を目指すことが今後の日本の高齢社会対策の基本(根幹)になると考えられる。

では、そうした理想の社会をどう実現していくのか。大綱はあくまで方向性及び施策を示した指針であり、重要なことはこの大綱を受け取った私たち(個人、地域・自治体、企業・団体等)がこれらの理想社会の実現に向けて何をしていくべきか、何を変えていくべきかということであろう。様々な論点・視点が存在するなかではあるが、筆者なりに強調したいポイントを2つだけ述べてみたい。
一つは、“第2・3の地域課題に取り組むシニアを増やしていく”ということである。このことは大綱の中で直接的な表現はなくとも、前提認識として盛り込まれていることと考えられる。定年後あるいは高齢期を迎えて、何をしてよいかわからない、やりたいことが見つからない人は未だに多いと思われる。高齢者の体力的な若返りが確認されている中で、まだまだ元気に活躍できる高齢者が一人でも多く、地域の問題、認知症の問題に向き合って行動していけば、第1の社会のみならず第2・3の社会の実現に貢献していくことになり、一石三鳥と言えるだろう。目指す社会に向けた施策が広範多岐に及ぶだけに、このように課題を集約的に相互に関連付けながら効率的・効果的に取組む、いわば立体的な取組みが有益と考える。この点、大綱の中でも「学習・社会参加」の分野において「地域社会の担い手確保」の文脈で施策が明記されているがやや物足りない。あくまで本人の希望が優先される話ではあるが、社会として“定年後あるいは高齢期は地域の中で活躍する、貢献することが当たり前”となるような文化・価値観を育んでいくことは有用であろう。そのために必要なもっと優先度高い取組み(政策)が今後展開されていくことを期待したいところである。
もう一つは、「加齢に関する理解の促進」という点である。これは大綱の「学習・社会参加」の分野で第一に挙げられたものであり、これまでの大綱では見られなかった内容である。支え合いの社会を目指す上では、様々な面で世代間の理解は必要である。年をとるとどうなるのか、「加齢」に対する理解を深めることは、高齢者に対する理解につながると同時に自分自身の将来に対する備えにもなる。この点、大綱の前提となった検討会の報告書では、それらの知識を提供するジェロントロジー(老年学)を学ぶことが必要であり意義があることが明記されている。加齢の実態と高齢者を正しく理解することが、3つの社会の実現に取り組んでいく上で必須のことと考えられるだけに、ジェロントロジーの教育や研究等が、今後社会に広く広がっていくことも大いに期待したい。
以上、僅かな考察に止まるが、今回改訂された高齢社会対策大綱をぜひご覧いただいて、それぞれの立場でこれから何ができるか、何をしていくべきか、一度考えていただければ幸いである。
(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 生活研究部 上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任 前田 展弘)