2020年に白人警官によって殺害された黒人男性ジョージ・フロイドさんの事件に対する怒りは、連邦政府の職員や企業に多様性・公平性・包摂性(DEI)を導入する広範な取り組みのきっかけとなった。だが、DEIに反対する活動家がこうした施策への猛反発に火をつけ、今ではホワイトハウスの大統領執務室には彼らの考えに賛同する声高な味方も復帰した。

トランプ大統領は就任演説で、「人種で判断されない実力主義社会」の構築を目標に掲げ、官民両分野のDEI政策を標的にするという公約を実行に移した。就任後数日で連邦政府全体の多様性プログラムの廃止を目指し、政府の請負業者がアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)のコミットメントに従うことを義務付ける長年の要件を取り消し、企業やその他の団体には「違法なDEI差別 」となる政策を取り除くよう後押しする大統領令に署名した。

一連の指示は、企業がすでに多様性へのコミットメントを後退させつつあるタイミングで出された。エドワード・ブラム氏やインフルエンサーのロビー・スターバック氏ら保守的な活動家からの圧力もあり、ここ数カ月の間にメタ・プラットフォームズやアマゾン・ドット・コム、ウォルマート、ボーイング、フォード・モーターなどの大手企業がDEI関連のイニシアチブを廃止、または縮小する計画を発表。トランプ政権発足第一週に講じられた措置で、こうした取り組みはさらに後退すると見込まれている。

ロビー・スターバック氏

DEIは実際に何を意味するか

当初は、求人や採用における多様性を推進するために使われていた言葉だが、女性や非白人の雇用を単に増やせば、こうした人材が成功したり、経営層に昇格したりするわけではないことが分かるにつれ、その範囲は広がっている。

職場やそれ以外でも、DEIの意味を巡る意見の相違があるため、DEIは攻撃されやすくなっている。人材マネジメント協会(SHRM)は「公平性」は紛らわしい概念だとして、人事部門の幹部に公平性の優先順位を下げ、代わりに「多様性」と「包摂性」を焦点とするよう促し、批判を浴びた。

トランプ氏は連邦政府のDEI政策をどう標的にしているのか

トランプ大統領は20日、連邦職員のDEIプログラム廃止を目指す大統領令に署名。同イニシアチブに携わる連邦職員全員を休職扱いとし、最終的には解雇する計画だ。連邦政府機関はDEI関連の研修や契約、プログラムを全て停止し、解雇に向けてDEIオフィスや人員のリストを作成するよう指示された。

また、トランプ大統領はバイデン前政権による十数本のDEI関連の大統領令を取り消した。

トランプ氏は米企業のDEIをどう標的にしているのか

トランプ氏は大統領令を出し、企業にDEIプログラムの取りやめを連邦政府全体で促す取り組みを呼びかけた。この大統領令は各執行機関の責任者に対し、DEIプログラムの阻止で何ができるか報告書を提出するよう指示したほか、既存の差別禁止法の解釈に反するDEI政策に関して調査すべきと考えられる大手上場企業や非営利団体、大学、職能団体を最大9つ特定するよう各機関に課した。

DEIはどのように論争の的になったのか

ジョージ・フロイドさんの殺害事件をきっかけに、米企業における人種的な不公平性への反発も強まった。企業側は非白人の採用を強化する方針を相次いで打ち出し、記録的な数の最高多様性責任者(CDO)も起用した。22年までには、多くの大企業が多様性目標を達成するための取り組みに対し、幹部に追加ボーナスを支払うようになっていた。

だが、同年の早い時期にESG(環境・社会・企業統治)に対する批判が高まる中で勢いが変わった。保守派グループはブラックロックなどのファンドが「極端な」社会的アジェンダを推進していると主張。ペンス元米副大統領やフロリダ州のデサンティス知事ら共和党有力者は反ESGイニシアチブを開始した。

連邦最高裁は23年、大学キャンパスのアファーマティブ・アクション・プログラムは差別であり、違憲と判断。それまでは、1964年の公民権法第6編の下で、入学の際に学校が人種やジェンダーなどの特徴を考慮することが認められていた。

この判断は、企業には直接関係しない。同法の第7編は限られた例外を除き、雇用主が人種や性別、年齢、障害、退役軍人であることに基づいて、ある候補者を他の候補者よりも優先することを禁じており、20年の最高裁判断は同じ保護をLGBTQ労働者にも拡大した。

しかし、このアファーマティブ・アクションを巡る判断を受け、トランプ氏の長年の側近スティーブン・ミラー氏らの動きが活発化。企業が非白人労働者を不当に優遇していると主張して訴訟を起こすなどした。

DEIの取り組みは変化をもたらしたか

白人男性は労働力における優位性をわずかに失った。職場に関する連邦データによれば、白人男性幹部から少数グループ出身のリーダーへと、少しずつ着実にシフトしているが、それでもなお白人男性の割合が米労働力の30%程度となる一方、トップリーダー的役割の約60%を占めている。

米労働統計局のデータによると、19年から23年の間に、全管理職に占める黒人の割合は7.8%から9.2%に上昇した。総人口の約14%を占める黒人は米労働力の約13%を占めている。

多様性は利益の底上げにつながるのか

多様性を支持する人々の多くは、さまざまな背景を持つ人材が働くことで企業が集団思考を回避する一助になると主張し、ビジネス上の利点を強調している。DEI政策に反対する人々でさえ、より幅広い知見がもたらされる効果には多くが同意しているが、それを獲得する方法については意見が分かれるかもしれない。

マッキンゼー・アンド・カンパニーによる15-20年の一連の調査では、上場企業の利益と経営幹部の人種的多様性の間に統計的に有意な相関関係があることが示されたが、より最近の調査では、こうした結果の持続性や規模に疑念も生じている。

DEIを批判する人々の主張とは

主に職場を巡るDEI政策によって、人種や性別を理由に女性や特定の非白人が優先的に採用され、より適格な候補者が犠牲になっていると批判派は主張している。

より多様な労働力を求めているものの、特定のグループをターゲットにした政策は間違った方法だと考えている人もいる。DEIがオフィス内外で人種的な憎悪を引き起こし、非白人には「ダイバーシティー採用 」のレッテルが貼られているとの主張もある。スターバック氏は、迅速な撤退は顧客や企業が製造と販売にビジネスを集中し、社会問題については中立であることを望んでいることを示していると話す。

ベントレー大学とギャラップによる最近の調査では、回答者の過半数が「企業は時事問題について態度を示すべきではない」と答えた。

DEI支持者の主張とは

多くの支持者は、こうした攻撃は米社会で伝統的に行使されてきた権力に固執しようとする白人男性の取り組みだとし、白人男性と不利な立場にあるグループ間の賃金や富、資産における大きな格差を指摘している。非白人や女性に公平な機会を与えるには、的を絞った取り組みがなお重要だと主張している。

従業員の多くは職場におけるDEIを高める努力を支持している。ワシントン・ポストとイプソスの昨年4月の世論調査によると、成人の61%が企業のDEIプログラムは「良いこと」だと考えており、23年の同調査とほぼ変わらなかった。

原題:How Trump Is Fueling the Backlash Against DEI: QuickTake(抜粋)

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