「社会に戻るつもりがないからです」
沈黙を守ってきた被告の男が突然、発言したのは12回目の公判だった。
「どうして何も話さないのか」と尋ねた弁護士に淡々とした口調で答えた。
それは裁判にどのような姿勢で臨んでいるのか、被告の心の一端が伺えた場面でもあった。

遠藤裕喜被告は19歳だった2021年10月、甲府市の住宅に侵入し、夫婦2人を殺害した上に、夫婦の次女をナタで襲い、住宅を放火したとされ、殺人などの罪に問われた。
甲府地検は「重大事案で地域社会に与える影響は深刻」などとして起訴した際、改正少年法で「特定少年」と位置付けられた20歳未満の被告の実名を全国で初めて公表していた。
裁判での被告の言動

初公判の今年10月25日、甲府地裁の法廷に坊主頭に黒のスーツ、白のワイシャツを着た被告はゆっくりとした足取りで入廷した。

【罪状認否】
被告は、ややうつむいた姿勢で証言台に立った。
裁判長:
「名前は何といいますか」
被告:
「・・・・」
裁判長:
「起訴状の内容はその通りですか? 間違っていることはありますか?」
被告:
「・・・・」
被告は沈黙したままだった。
このあと、検察側が事件の経緯を説明した。
検察官:
「一方的に好意を抱いた長女に交際を断られて怒りを募らせ、精神的・肉体的に痛めつけるため全く関係のない家族を皆殺しにしようとした」
この時、被告は両手で耳を塞ぎ、席に座っていた。
一方、弁護側は被告の母親が再婚した養父に体罰を受けるなど、複雑な環境で育ち、学校でもいじめにあっていたと説明すると、被告は涙を流した。
この初公判で被告は、一言も発することはなかった。
その後の連日の裁判で検察は事件当日の状況を詳細に明らかにした。
夫婦に対しては住宅の1階で寝ていたところを、侵入した被告が刃渡り約18㎝のナタで複数回、攻撃した後、果物ナイフを逆手に持ち、何度も突き刺したと説明。
また、物音や叫び声に気付き1階に降りた夫婦の次女に対しては、被告が持っていたナタを頭に叩きつけたと指摘した。
そして、当日購入したライターオイルやガスボンベを使って被告が住宅に火をつけたとした。