県内政界も反応
自民党県連の宮本幹事長は自身が幹事長に就いた2020年、綿貫さんから「幹事長は政治の要。しっかりしないと政治がバタつく」と職務を全うするよう激励を受けたと言います。

自民党県連 宮本光明幹事長
「私どもとすると、雲の上のような方だった。(綿貫さんが国会議員になった)当時は、まだまだ富山県は、日本海側、もっといえば『裏日本』と言われた時代ですから、東海北陸自動車道のことや、ダム建設のことや、いろんな面でインフラの整備と富山県の発展の礎を気づいてこられた」

綿貫さんの秘書だった堂故茂元参議院議員。氷見市長時代に大事にしていたのは、綿貫さんから受けた、「逃げない、ぶれない、うそをつかない」という言葉だったといいます。
綿貫さんの元秘書 堂故茂氏
「『苦しいときこそよく考えて、人への思いやりを忘れちゃいけない』ということと『1回決断したら、いろんな人の周知を集めて決断したら、絶対にぶれちゃいけない』と(言われた)」
「自分に対する戒めであると同時に、またスタッフや一緒に仕事をしようとしている方々へ、『堂故は市長として絶対にこの仕事をやり通す』。綿貫先生からいただいた教えをその場で実践できた」
訃報を受け、新田知事は「富山県の成長の礎を築かれるとともに国土の均衡ある発展や社会資本整備の推進に対する多大なご貢献とご功績に深く敬意を表します」とのコメントを出し、県民を代表して綿貫さんの冥福を祈りました。

トナミ運輸によりますと綿貫さんの葬儀は故人の遺志を尊重し、近親者で執り行っていて、後日お別れの会を開くとしています。










