震災が起きた11年前、子どもだった彼や彼女たちのいまを追う、シリーズ「それから~若者たちの震災



4回目のきょうは震災の経験を語り継ぐ、福島県富岡町の女性にスポットをあてます。一度は目を背けた震災とふるさと。それでも彼女はなぜ再び震災の経験を語り継ぐことを選んだのか。女性の言葉を通して語り継ぐ意義を考えます。


秋元菜々美さん「震災や原発事故はこの地域だから起きたわけではなくて、ほかの地域で起こるかもしれない」

震災から11年あまり。社会的な関心が薄くなりつつあるいま、震災の経験を語り継ぐ意味が改めて問われています。


富岡町にある震災伝承施設の「ふたばいんふぉ」。震災の記憶や双葉郡のこれまでの歩みを振り返るこの施設に勤めるのは、秋元菜々美さん(24)。震災当時、夜ノ森地区で暮らし、中学一年生だった秋元さんは友人と過ごしていました。

震災が起きたのは中学校の卒業式に出席したあとだった



秋元菜々美さん「またあしたね。とかまた来週ねとか、そういうふうな声をかけて(避難場所で)別れていったら数年後まで会えない。人生が変わる、一気に変わってしまったことをなかなか受け入れられなかった」

震災と原発事故の影響で一時は全町避難を余儀なくされた富岡町。県内外で避難生活を送るなかで、震災、そして大切なふるさとから目を背けてきたといいます。


秋元菜々美さん「避難先で友人はできたが、できるだけ震災の話をしない。(避難先で)富岡や福島から来たということはあまり話さないようにしていた」