震災と原発事故から11年あまりが過ぎました。この11年という時間を改めて考えてみますと、子どもが成人になる年月でもあります。あの頃、子どもだった彼や彼女たちは、いま何を思うのか。シリーズ「それから~若者たちの震災~」。今回は「語り部」について考えます。


風化が進む中で、震災と原発事故の記憶の伝承をこれから担っていくのが「語り部」たちとも言えます。

こうした中、先駆的な取り組みともいえる宮城県の団体を取材しました。この団体では、中高生を含む若い語り部がおよそ80人登録されています。その中で、2人の若者に焦点を当てました。

震災から11年あまり。3.11の出来事を知らない子どもたちが増える中、宮城県の震災伝承施設では、多くの若者たちが語り部活動を行っています。

全国屈指の漁港を持ち、サメやメカジキの水揚げ量が日本一を誇る、宮城県気仙沼市。震災では、大津波と大規模火災によって1100人あまりが死亡し、およそ1万6000棟の住宅が全壊するなど甚大な被害が出ました。


私たちは、2019年にオープンした「気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館」を訪れました。この施設では、およそ100人の語り部が活動していますが、ある特徴があります。

気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館・福岡麻子さん「市内の中学生・高校生に声をかけさせていただいて『自分たちの街を伝えていきませんか?』と声をかけさせていただいています」

在籍する語り部のうち8割が、中学生と高校生を中心とした10代の若者。施設がオープンして以降、月命日などに集まり活動を続けています。


福岡さん「基本のマニュアルはあるが、自分の言葉で話しなさいと。それでそのほかに何かプラスアルファで話せることを作りなさいということで、みなさんにやっていただいている」