「なんてことだ。大地震の日に陣痛がきた」
歓汰さんは12年前、母・由梨さんが出産のため里帰りしていた時、仙台市内の病院で震災直後に生まれました。

仕事の都合で大阪に残っていた父親の泰行さんは、連絡もつかず途方に暮れたといいます。
父・泰行さん:
「産まれているのか産まれていないのかということよりも、生きているのか生きていないのかの方が大きかったですかね。情報がなさすぎて、ずっと祈るだけという、無力な感じでした」

由梨さんが入院していた病院も震災直後から停電、断水、余震も続いていました。

母・由梨さん:
「ベッドにしがみついて耐えていたんですよ。でも、ベッドにタイヤがついているから動いたりして」
そんな状況の中、3月12日の午前2時40分、懐中電灯の灯りを頼りに歓汰さんは誕生しました。3700gの大きな赤ちゃんでした。

由梨さんはあの日の体験を日記に残していました。
【由梨さんの日記より】「なんてことだ。大地震の日に陣痛がきた」

真っ暗な分べん室で陣痛に耐えながら、お腹の赤ちゃんが無事かどうかもわからない。極限の精神状態の中、こう決意を記していました。

【由梨さんの日記より】「あの地震はかなり平常心を失わせた。そしてやりきれない思いがあふれ、泣いた。でも産むんだ、産むしかないってがんばった」
富谷市には由梨さんの両親が住んでいます。