混乱の中での拠点確保と「フェイクニュース」=流言飛語への対応

そんなとき、一筋の光が見えました。
それは、一部被災した気仙沼市役所が、災害対策本部を高台にある気仙沼消防署の防災センターに移すことを決定したという情報がありました。
そして、気仙沼警察署機能も同センターに移してはどうかというお誘いを受けたのです。


即決断、代替車両購入に伴う車庫証明の必要性、これも高くなったのも事実です。
これらの業務の再開には、通信ケーブルの設置等の問題があって、間借りでの事務対応は困難でした。
そのため宮城県警本部総務部に事務を進めていただき5月4日に仮設庁舎が完成。
移転しました。
近くの被災を免れた駐在所のLANケーブル等を活用し車庫証明業務を再開。
続いて気仙沼中央自動車学校の施設を借用して、運転免許業務の正常化を図ったのです、
決して立派なものではなくて工事現場のスーパーハウス、これを重ねて並べただけの簡素なものでしたが、拠点が完成したことで当時の署員のモチベーションは大いに上がりました。

次に、発生した流言飛語「フェイクニュース」対策も重要でした。
一時、「中国人を中心とした外国人がバットなどを持ち歩き市民を襲っている」などといったまことしやかな噂話が拡散しましたが、
実は、防犯協会等の役員が自主的に夜間パトロールをしている姿が悪いように広がったもので、その当時、その火消し等に力を入れたことを覚えています。
一方、発災直後から県外からの応援支援部隊が気仙沼警察署管内でも大いに活躍していただきました。
その総数は救助捜索活動に、警視庁・大阪府警から延べ約2万6500名、治安対策に警視庁・兵庫県警等から延べ9,140名、応援を受ける立場の警察職員が考えるべき最も重要な点は、指揮命令系統を明確にし、いかに冷静に正しい判断をしていくかということが非常に大事なことだなというふうに痛感しました。
部下の命を危険にさらすような行為は絶対にしてはならないなと今でも考えています。

【講演全文・後編】帰らぬ2人の部下へ 3・11当時の気仙沼警察署長が伝えた言葉