いわゆる「袴田事件」をめぐり、袴田巖さんの再審=やり直し裁判での無罪判決を受けて、10月9日、検察は正式に控訴する権利を放棄しました。これにより、袴田さんの無罪が確定。専門家は捜査機関による「人道的で超法規的な判断があった」と分析します。

10月9日、袴田巖さんは56年ぶりに「死刑囚」から1人の市民に戻りました。

1966年、旧清水市で一家4人を殺害したとして逮捕された袴田さん。1980年に死刑が確定しましたが、2023年、再審=裁判のやり直しが認められ、2024年9月、静岡地裁は無罪を言い渡しました。

10月8日、検察は控訴しない決定を発表。10月9日、正式に控訴する権利を放棄したため、袴田さんの無罪が確定しました。

<袴田ひで子さん>
「一件落着で、誰にも何も言われない、巖が死刑囚じゃないと言われることが大変うれしい」

これまで死刑囚だった袴田さんには選挙権がありませんでしたが、担当弁護士によりますと検察は区役所に無罪が確定した旨の通知をし、これにより袴田さんに選挙権が戻る見通しです。

48年間、収監された袴田さんには最大約2億円の刑事補償が支払われるとみられ、袴田さんの弁護団は国家賠償請求も行う姿勢を示しています。

<袴田事件弁護団 小川秀世弁護士>
「はっきりと判決の中で警察・検察の責任を認めているということで、非常に国賠がやりやすい判決だと思っています」

静岡地裁は犯行着衣などについて「捜査機関によってねつ造された証拠」だと認定したため、検察内部では控訴すべきとの意見もありました。

最終的になぜ控訴を断念したのでしょうか。

日本の検察のトップ、畝本直美検事総長はきのう談話を発表し「判決には不満があるが、袴田さんが結果として長きにわたって法的地位が不安定な状況に置かれていることを考慮した」としました。

この判断について元検察官の大澤孝征弁護士は。

<元検察官 大澤孝征弁護士>
「上訴して、新たに争いたいという気は十分あるけれども、今回の特殊な事情として、一種の人道的立場、言い方を変えれば一種の超法規的な意味でこれ以上長引かせることは相当でないと。公の立場を代表する検察官としては、その選択はしないという内容という風に読めます」

10月9日朝、静岡県警の津田隆好本部長も取材に応じました。

<静岡県警 津田隆好本部長>
「当時捜査を担当した静岡県警察としてもですね、袴田さんが長きに渡って、法的地位が不安定な状況に置かれたことについて、申し訳なく思っております。法的地位が不安定な状況に置かれたことについて申し訳なく思っていますということでございます」

<記者>
「『法的地位が不安定な状況に置かれたことについて』を噛み砕いていうと?」

<静岡県警 津田隆好本部長>
「ここに書いてある通りでございます」

県警のトップは謝罪の言葉を述べたものの、用意された資料を繰り返し読み上げるのにとどまりました。

<静岡県警 津田隆好本部長>
「もし、袴田さんご本人に何らかの形で、伝える機会があれば、その辺を含めて、手続き・方法はまた考えたい」

当時捜査に関わった元捜査官は無罪判決に対して「当時の捜査会議でも犯人は袴田以外にあり得ない。捜査員が自分の仕事にケチをつけたりすることはしない」と不満をあらわにしました。

事件があった静岡市清水区横砂です。事件で亡くなった4人を知る女性は袴田さんの無罪確定を受け、複雑な思いを語りました。

<現場近くに住む女性>
「すごく穏やかな人たちで家族仲良かった人たちだったんだけどね。本当、かわいそうだと思います。浮かばれないと思います」

事件はすでに時効が成立していて、静岡県警は再捜査をしない方針です。

<静岡県警 津田隆好本部長>
「この事件は、こういう形で、最終的に犯人が分からないということになったことについては、ご遺族等に対して、大変遺憾に残念に思っている」

事件で殺害された夫婦の孫にあたる男性は、検察の控訴断念について「受け入れるしかない」と答えました。

58年越しに冤罪事件と認められた「袴田事件」。検察は再審請求手続きが長期間に及んだことなどについて「所要の検証を行う」とし、県警は「可能な範囲で改めて事実確認を行う」としています。