「自然や人が素敵なのが、長野県の良いところ」
記念の式典は北信、南信、東信にそれぞれサテライト会場が設けられました。
このうち須坂市の会場では子どもたちのダンスやよさこいなどが披露され、イベントを盛り上げました。
いまの長野県が誕生したのは、150年前。
当時は、今の東北信を「長野県」、中南信と岐阜県の一部を「筑摩県(ちくまけん)」と呼んでいました。
筑摩県の県庁が置かれていた松本城二の丸御殿が、明治9年6月、火災で焼失。
県史などによりますとこれをきっかけに、明治政府が筑摩県のうち飛騨地方を岐阜県に編入、ほかの部分を長野県と合併させることを決め合併の日付を8月21日に指定しました。
記念式典の最後は県歌「信濃の国」の大合唱です。
東北中南信の4つの会場のほか、オンライン参加のおよそ10か所を結びあわせて700人ほどが参加。
時代が変わる中でも受け継がれてきたふるさとの歌で心を合わせました。
「自分も長野県で育ってきたので、子どもも信州のいい所を住みやすくて学びやすい環境なので、そういったところを生かしてのびのび成長してほしいです」「自然や人が素敵なのが長野県の良いところなので、みんなでつながったり協力して長野県の良い所が広がっていってほしいです」












