現地で変わり果てた兄の姿
(伊東秀彦さん)
「現地到着後、直ちに病院に向かいました。父親もその時に合流しました。病院に行くと、兄は病院で生命維持装置につながれて寝ている状況でした」
「父親は、兄に対して『この親不孝もんが』と叫んでいました。母親は、『たっくん、たっくん』と静かに呼びかけながら体をさすっていました」
「私は訳も分からず、その様子をぼんやりと後ろから眺めていて、『親より先に死ぬのが親不孝ってことなんだな』と。親不孝って単語を父親から聞いたの初めてだったので、『親より先に、こういう状況になるのが親不孝というんだな』などとぼんやりと考えていました」
そして、兄・拓磨さんは夢半ばにして異国の地で亡くなりました。
「兄は、私たち家族がアメリカ滞在中に亡くなりました。遺体のまま持ち帰ることができないと言われたので、現地で粉状の骨にされて、骨が入った箱を抱えて帰国しました」
「帰国後も、マスコミに囲まれながら、急ぎ葬儀などの手配をしました。この事件では、日本人の留学生、うちの兄含めて2名が犠牲になったことに加えて、その前の1992年のハロウィンの時期に、日本人留学生が事件に巻き込まれたということで、日米ともに関心を持ってこの事件にあたってくれました」
「それもありまして、アメリカ現地の捜査機関は迅速に動いてくれまして、事件から間もなく犯人逮捕となりました」
【第3話】へ続く
殺害した強盗犯に下った「死刑判決」凶弾に倒れた兄の墓前に報告 終わったはずの裁判が...遺族の弁護士として突きつけられた過酷な現実










