中学生「天才セッター」として注目も…下部リーグへの降格も経験
2009年にシーガルズへ入団した宮下遥選手。河本昭義監督が才能を見出し当時、史上最年少の15歳2か月でVリーグデビュー。2010年には日本代表にも選出されリオ五輪に出場、『天才セッター』として国の内外から注目されました。
(川島亜依美選手・当時)
「自分の一番はブロックなので、自分にしかできないプレーっていうのがあるので、そこ意識してやっていきたい」(【画像③】入団当時の川島選手)
同じく2009年に入団した川島亜依美選手も182センチの長身を生かしたブロックを武器に活躍。2013年に日本代表へ選出されました。共に日の丸を背負う存在となり、シーガルズは、この両輪の力で『常勝軍団』になると期待されていました。
しかし…
2017年。シーガルズは初めて下部リーグへの降格を経験。司令塔として戦っていた宮下選手は、この瞬間を鮮明に覚えているといいます。
(宮下遥選手)
「私も正直『生きた心地がしなかった』です。応援してくださった方に申し訳ない。情けない。悔しいという気持ちがあった」

宮下選手「ファンの皆さんが背中を押してくれた」
悔しい敗戦を経験した2人は、その後、キャプテン・副キャプテンとしてチームの中核を担います。入団して約15年…心が折れそうな時もあったといいますが、それでも頑張り続けられた理由があります。『ファンの存在』です。
(宮下遥選手)
「ファンの皆さんには、苦しい時とか、結果が出せない時でも、常に背中を押していただきました。心が折れそうな時もたくさんの頑張れがあったからここまで走り続けて来られたと思います」

どんなに苦しい時期もシーガルズの大応援団が選手を支えていました。その大きく温かい「声」に川島選手と宮下選手は励まされてきたのです。
(シーガルズのファン)
「最高の瞬間に立ちえあたのでとても嬉しいです」
「ずっと応援していたチームが優勝してくれてとても嬉しかったです」
「長い苦労が報われたという、一緒に本当感動した」
「初めての優勝を観させてもらって、引退される川島主将だったり宮下選手だったり。いろんな思い出が頭の中に蘇ってきて、自分も泣いてしまった」










