今しか見られない熊本城の貴重な姿が公開されました。

飯田丸五階櫓(いいだまるごかいやぐら)に面した熊本城で唯一の水堀「備前堀(びぜんぼり)」。

それが現在は…熊本地震で崩れた石垣の調査のため、堀の水が空っぽの状態に。

記者「池の水が抜かれ、石垣があらわになったこの場所で、どういった歴史がわかってきたのでしょうか?」

調査は4つの地点で行われています。

石垣の強度を上げるために

まず、1606年から7年に築かれたとされる『調査地③・④』の石垣では、「石垣の土台づくり」に工夫が。

石は地表からではなく土を掘り起こして、地表より1メートルほど低い位置から土台の石を積み上げてあります。

石垣の周りには目立つ溝があり、これは「根切り(ねきり)」と呼ばれる技で、石垣全体の強度を上げていたということです。

熊本城調査研究センター 佐伯孝央さん「これが根切りのラインです。このラインで掘って、根石(土台の石)を置いていました」

ずらして積む理由とは…

続いて、今から230年以上前に、修復工事されたという『調査地①・②』では…。

当時の工事で、一番下の石「根石」とその上の石をずらして積んでいたことが明らかに。

なぜ、ずらした積み方をしたのかはこれから調査が進められます。

一方、堀の底は土の色が変わっているのがわかります。

これは昔、色が濃い場所に白川が流れていた証拠です。

発掘調査は2月中に終了し、その後、再び、堀の中には水が溜められます。