熊本に古くからあった百貨店のひとつ「銀丁」。1935年(昭和5年)の創業から新市街商店街の「顔」として賑わい、戦災で全焼した後再建された店舗は、熊本では戦後初の、鉄筋コンクリート造の本格的百貨店でした。
しかし、激化する競争の中での経営は厳しく、1955年(昭和30年)に大洋デパートの傘下に入るなど事業継続を模索しましたが、1976年(昭和51年)8月、ついに営業を終了しました。当時のニュースはこう伝えています。

新市街に面した側の「銀丁」入口。既に一部はシャッターが閉まっている

「昭和の初めから熊本市民に親しまれてきた熊本市の銀丁デパートが、営業不振のためきょうで店を閉めました。

この銀丁は昭和5年に設立されましたが、戦災で全焼したあと、昭和26年に再建され、新市街商店街の核として賑わっていました。

しかし、大洋、鶴屋といった大型デパートの開店や県庁の東部移転などから営業が不振となり、24日から店じまいセール行っていました。デパート側がこの20日、79人の従業員に解雇を通告したため、従業員会では親会社の大洋に対して12月までの生活補償などの交渉を進めています。

銀丁は店を閉めた後、いずれ処分され「大洋」の再建費用に充てられる事になっていますが、古くから親しまれてきた百貨店だけに消え行く銀丁を淋しがる人も多いようです」

当時の原稿で触れられている「県庁」は、1967年(昭和42年)まで、現在サクラマチクマモトになっている場所にありました。閉店当日とあって残っている商品も少なく、映像からは物寂しさも伝わってきます。