絶対に「5日後」ではなかった
花梨ちゃんは、本震が起きたその日のうちに救急車で福岡市内の病院に運ばれましたが、体への負担は大きく、5日後の4月21日に亡くなりました。その後、災害関連死に認定されました。
当時、災害派遣医療チーム、DMATとして熊本市民病院に入り、花梨ちゃんを運ぶ方法を考えた医師はこう振り返ります。
髙間辰雄医師「これが花梨ちゃんの搬送ですね。もうみんなで抱えて中に入れるって感じで。主治医の先生はここまで何とか、少しずつ少しずつ術後の合併症から前に進んでいるところだったのに、悔しかったと思いますよ」
宮﨑さくらさん「もしかしたらいずれ亡くなっていたかもしれない。それだけ厳しい状況ではあったので。ただ絶対に4月21日ではなかった」

熊本地震が発生した時、熊本市民病院には310人が入院していました。
転院した200人のうち15人が1年以内に亡くなり、少なくとも花梨ちゃんを含む2人が災害関連死に認定されたことが、病院側の調査で分かっています。

退院した110人のその後については調査されていませんでしたが今回、そのうちの1人が亡くなっていたことが分かりました。












