あの日の南阿蘇村は…

あの日、震度6強の揺れに襲われた南阿蘇村。

立野地区は、阿蘇大橋が崩落したことで村の中心部と断絶され、損壊したダムの貯水タンクから大量の水が流出し、麓の家屋を押し流すなどして4人が亡くなりました。

土砂崩れなどの危険が続いたため、丸野さんたち立野の住民は、隣町で長い避難生活を余儀なくされました。

生活再建のため村を離れる住民が相次ぐ中、丸野さんは住民のつながりが保てるようにと、避難所が閉鎖される前日に盆踊り大会を開きました。

いつか、みんなで故郷へ。

丸野健雄さん(当時のインタビュー)「また仮設住宅を出てやりたいね。これもう一度。やれるような気がしてきたよ」

しかし、生活再建の道は険しく、丸野さんも最終的には立野での再建を断念しました。それから、故郷との関わりをつなぐ交流会は大切なものになりました。