認定諦めてなお「悔しい」
水俣病の認定を求める佐藤さんの妻・スエミさんは『52年判断条件』に認定を阻まれ、1995年の政治解決で医療手帳を受けとりました。

佐藤英樹さんの妻・スエミさん「いまだに『52年判断』は生きていて、いまでも主人たちを苦しめています」
政治解決はこれまでに2度、「認定されない被害者を救済する」という目的で行われました。しかし認定申請を取り下げることが条件に含まれる上、認定された場合よりはるかに小さな補償にとどまります。
スエミさんのように患者と認められず時間だけが過ぎる中で、やむなく政治決着に応じる形で救済を受けた人は約5万人います。
佐藤スエミさん「認められて当然の人たちが患者と認められないで、本当に…何と言えばいいのか。悔しい思いがします」

佐藤さんは「認定制度によって水俣病と認められず苦しんでいる人のためにも戦いたい」と、裁判を続けています。
公式確認から68年、「懇談会マイク問題」へ
こうした状況から、毎年行われる慰霊式の後に、認定を求める人たちと環境大臣が懇談しています。

今年5月1日の懇談で、佐藤英樹さんは、思いを伊藤環境大臣にぶつけました。
佐藤英樹さん「被害者を切り捨てる作業ばかり考えないで、被害者をどうやって救済するか考えるのが先じゃないか」

こうした辛い現状を伝える人たちの声が、この日さえぎられたのです。
佐藤さんは今後、環境省に対し「まだ水俣病問題は終わっていない」と、被害者救済を訴え続けるつもりです。
佐藤英樹さん「自分たちだけのことではないし、まだまだ取り残された、手を上げられない人たちのためにも、自分たちが戦って、次の人たちが安心して声を上げられるようにやっていきたい」
(2024年5月22日放送)










