1995年の水俣病の政治解決に尽力した元熊本県水俣市長の吉井正澄(よしい まさずみ)さんが5月31日朝、亡くなりました。92歳でした。

水俣市出身の吉井さんは、1994年から2期8年、水俣市長を務めました。

吉井さんは水俣病で引き裂かれた地域の絆を取り戻そうと、「もやい直し」運動に力を入れ、「水俣病語り部制度」の導入などに力を尽くしました。

また、1994年の水俣病犠牲者慰霊式では「水俣病の犠牲者に対し、十分な対策ができなかったことを誠に申し訳なく思います」と謝罪。

翌年には、当時の水俣病認定基準に満たない一方、症状を訴える未認定患者を救済するため、一時金や療養費などを支給する政治解決に尽力しました。