詩と写真の融合:『プリズンブレイク 脱獄』
私が今日ご紹介したい『プリズンブレイク 脱獄』という本は、90歳になる北川透さんの最新詩集なのですが、この方は詩を作ることに加えて、評論の分野でも60年以上にわたって活動を続けています。その言葉はものすごいパワーを持っていて、批評の鋭さは刃物を突きつけるような激しさも持ち、社会や他者だけでなく、自身にも向けられます。
詩の中にもそれはみられて、例えば『破片』という詩では「いつか 詩が書けなくなる なんて 思わないようがいい おまえが 書いたものなど 詩であったことはなかった」という表現があります。
詩人が自らに、作品の中でこんな言葉を突きつけると、読者としてはその批評の刃が自分に向けられているような、これまでの自分の生き方恥じるような、そんな思いに追い詰められることがあります。
今回の本の題名につながる『ダリアと殺虫剤(わが<脱獄>について)』という詩は245行、16ページに及ぶ長編で、「老い先短く/いま ここに幽閉されているのは なぜだろう」と閉塞感に満ち、擬人化されたダリアと殺虫剤に「ただの一匹の虫として消されるだろう」と結びます。
ただ、なぜか全ての終わりは感じさせないのですね。そこに付けられた毛利さんの写真は、空へ飛び出すような黒いパーカーの男。まさに「脱獄」を感じさせ、詩の閉塞感とは対をなすような「開放感」も感じられる写真で、詩と響き合って、寄り添うようであり、詩に異論を唱えるようでもある不思議な写真です。
毛利さんの写真は50枚以上あり、詩集ですが写真集でもあります。 毛利さんは、西日本新聞に作家の村田喜代子さんが書いているエッセイにつける写真を担当していますが、村田さんの本の装幀のほとんどを手掛けていることもあって、ときにどちらが主か分からないときがあるほど、存在感のある写真を撮っています。
この才能を見抜いた北川さんが毛利さんに声をかけて、北川さんの最新詩集が「詩と写真集」になったというわけです。カバーはやはり写真で構成され、帯には「北川透の詩はますます研ぎ澄まされ装幀家・毛利一枝の写真が浮遊する…」と書かれています。詩人と装幀家という関係性を超えた本ということで、本当に画期的だと思います。
北川さんの仕事場は山口県下関市の関門海峡のほとりにあって、コロナ禍では行き交う船の数が少ないことから時代の変化を感じ取るなど、仕事場と自在な言葉には関連するものがあります。
毛利さんは福岡市に住んでいますが、下関の対岸の門司港などを何時間も歩き回って、ピントや絞りを自由に操ってシャッターを切り続けたということですが、海峡をはさんだ二人の関係性というのも重要な要素なのですね。
著者と装幀家は密着し、理解し合うことでよりよい本ができますが、今回はその枠を超えて、すばらしい「詩と写真集」に行き着いたということです。詩集としても、写真集としてもすばらしい、それが合わさってこれまでにない本になっているということで、是非手に取ってみてはいかがでしょうか。
◎山本修司

1962年大分県別府市出身。86年に毎日新聞入社。東京本社社会部長・西部本社編集局長を経て、19年にはオリンピック・パラリンピック室長に就任。22年から西部本社代表、24年から毎日新聞出版・代表取締役社長。