「日本人」として選挙権を得たアン・クレシーニさん(51)。アメリカ・バージニア州出身のアンさんは日本に住んで通算26年。日本語を研究する応用言語学者で現在、北九州市立大の准教授として教壇に立ちます。「日本が好きすぎて」、2年前に日本国籍を取得しました。

地方選挙(福岡・宗像市議選)や衆院選での投票を経て、今回は「初の参院選」。投票案内のはがきに心躍らせていましたが、選挙期間中から一転、不安を感じ始めました。

「外国人問題」そして「日本人ファースト」という言葉が繰り返され、選挙の争点になったためです。

そして選挙後も気分が晴れません。「日本国籍を取得した自分」は「日本人」なのか「ガイジン」なのか。アンさんはSNSで名前がわからない不特定多数の人から「帰化人(キカジン)」、「スパイ」と揶揄されています。

Q.何故、投票権を得て、それほど嬉しいと感じたのですか

アン・クレシーニさん(51):
日本国籍取得前も日本での暮らしに溶け込んでいると感じていたため、「自分がアメリカ人である」ということさえ忘れる程でした。ただ日本での選挙権はなかったため、選挙の際、投票する友人を会場の外で待っていたことがあって、疎外感を感じました。日本国籍取得後、投票する度に毎回「夢が叶った!」と感じています。日本で暮らし、日本国籍を取得するまでの24年間は投票権がなかったので、今の喜びは最上のものです。

Q.それなのに一転して参院選挙期間中に気分が塞いだのはどうしてですか

アン・クレシーニさん(51):
選挙期間中、参政党が「日本人ファースト」と言い出して、その言葉に危機感を覚えました。「外国人のせいで日本人の生活が悪くなっている」という主張を聞いて、苦笑するしかありませんでした。日本人が思うほど、日本に住む外国人は楽に暮らしていけるわけではありません。仕事を持ち、収入があってもアパートの契約を断られたという話をよく聞きますし、参政権もありません。差別もあります。ですから「日本人ファースト」という言葉を聞いたとき、当事者として、何故?と思わず笑ってしまいました。

Q.「日本国籍を取得したアンさん」も「日本人」と名乗ってよいのでは?

アン・クレシーニさん(51):
X(旧ツィター)で、私が日本の問題について発信すると「日本国籍を取得したが、あなたは日本人ではない」「反日外国人」「アメリカへ帰れ」「アメリカのスパイ」などと書き込まれ、辛いです。参政党が掲げる「新日本憲法案」の(国民)第五条に「国民の要件」として「父または母が日本人であり、日本語を母国語とし、日本を大切にする心を有することを基準として法律で定める」と謳っています。参政党の理論でいえば、私は日本国籍を取得しても日本人とは認められないのかもしれない。何故なら私には「日本の血」が入ってないから。では「日本人の定義」とは何だろう、と最近よく考えます。私のXやYouTubeへのコメントでは「DNA」「遺伝」「大和民族」という要素を重視している人が多いことがわかります。

Q.加えて「外国人問題」が選挙の争点になりました。

アン・クレシーニさん(51):
コロナ禍の日本の水際対策として「外国人の入国禁止」とよく聞きました。しかし「外国人」とひとくくりにすることは出来ないと思います。観光客と永住者では日本に入る目的が全く違います。そして留学生もいれば難民もいます。日本には様々な立場の外国人がいるのに、全てを「外国人」という同じ枠にはめるのは公平ではないと思います。「観光客問題」なのか「不法労働問題」なのか「難民問題」なのか。メディアでもひとくくりに「外国人問題」という表現を使わないで欲しいと願っています。すべてを「外国人か日本人」に分けようとすることは、大変に危険なことだと思います。

Q「外国人の存在により日本人の生活が悪化している」と訴える人もいます。

アン・クレシーニさん(51):
オーバーツーリズムの問題、難民の問題など、どの問題にしてもそれらは制度の改善が必要であって「外国人の存在」が問題だと考えるのは危険だと思います。最近は日本で起きる問題の、例えば「日本人の生活が苦しい」ことまで、全部外国人のせいにし始めているようにも感じます。日本の人口のおよそ3%でしかない外国人を全ての不具合の原因にすることに危惧を覚えます。

Q.「外国人」が日本の医療や生活保護制度に「ただ乗り」していると主張する人もいます。これについてはどう思いますか。

アン・クレシーニさん(51):
日本に住む外国人も多くの税金を払っています。私も長年、日本国籍を取得する前から「日本に住むアメリカ人」として、所得税、住民税、自動車税を払い、健康保険、年金、雇用保険などを日本人同様に支払ってきました。それら「外国人」が支払った税は日本人のためにも使われています。そのことについても知られているのでしょうか。疑問です。

Q.今の日本の状況をかつての母国・アメリカと比べてどのように感じますか

アン・クレシーニさん(51):
新興の野党とそこに流れる日本の人たちの思考は、アメリカの状況と似ていると感じています。アメリカのトランプ大統領がまさにそうです。1期目まではそれほど「危険」だとは誰も思っていませんでしたが、2期目になって、もう止められなくなっています。私自身、モラルや人権問題で揺らぐアメリカに行くのに躊躇さえ感じます。

Q.日本国籍取得後、日本人としてどうありたいですか。あるいは日本にどうあって欲しいですか

アン・クレシーニさん(51):
難民申請や生活保護で問題が発生すれば、人を非難するのではなく制度を改善して欲しいです。今回の参議院選挙では、制度が攻撃されず、人(外国人)が攻撃されていました。しかしその制度を作ったのは政治家です。デマによって「外国人のせいで日本はこんな国になってしまった」と思い込まないで欲しいと思います。

Q.日本国籍を取得したことについて後悔していませんか

アン・クレシーニさん(51):
後悔はしていませんし、日本人になって良かった思いますが、こんなに苦しむとは思いませんでした。正直、今はとても窮屈に感じています。でも同時に周りの人たちに「めっちゃ愛されてる」とも感じます。応援してくれるし。私と同じような思いを持つ日本人もたくさんいます。差別や「ヘイト」を懸念し、多様性は必要だと思っている人もたくさんいます。学校などでの講演会で話すたびにそう感じます。

Q.今回の参院選で日本人とは何か?ということも深く考えたそうですね

アン・クレシーニさん(51):
「日本人ファースト」というスローガンの広がりで、日本生まれ、日本育ちの外国籍の子どもや、親のどちらかがが外国籍の子どもたちが、日本で今「自分たちの居場所がない」と深刻に悩んでいる状況も目の当たりにしています。また私のように主張が強い人間も「日本人ではない、意見が強すぎる」と指摘されます。元外国人で日本人と認められるには、日本人以上に日本文化に造詣が深いとか礼儀やしきたりを守っていなければ認められないように感じています。全ての日本人がそうではないとしても。それにはすごくアンフェア、不公平だなと思います。

Q.それでも日本に対して希望を持てますか

アン・クレシーニさん(51):
政治家の役割は国民を守ること、社会を暮らしやすく、生きやすくすることだと思います。日本は「暮らしやすい国」ですが、最近私は「生きづらい」と感じ始め、結果、暮らしさえもきつくなってきました。ただ、私の講演を聞いてくれる子どもや若者の目は輝いています。何かをつかもうという希望に満ち、そこからは日本の未来が拓けていく可能性を感じます。「誰もが生きやすいと思える国」であるために、私も講演活動やSNSでの発信を試みていきたいと思います。

聞き手 RKB毎日放送アナウンサー 下田文代

アン・クレシーニさん
応用言語学者・北九州市立大学准教授
アメリカ・バージニア州出身。日本在住歴通算26年 福岡県宗像市在住
2023年に日本国籍を習得。研究と並行し、講演会活動を展開。日本語に関する著書多数。