2024年3月にこれまで勤めていた放送局を退職した私は、タイ北西部のミャンマー国境地帯に拠点を置き、軍政を倒して民主的なミャンマーの実現をめざす民衆とともに、農業による支援活動をスタートさせた。

活動が思うように進まない中、一時帰国中の私に、仲間である避難民のアインから1本の動画が届いた。

私は思わず「おめでとう」とつぶやいた。

美談にはしたくないが、多くの人に知ってほしい1組のカップルがいる。

◆時間だけが過ぎていく日々 無力感と焦燥感

オクラに農薬を撒く作業

帰国後、できるだけ早く現地に戻りたかったのだが、体調を崩してしまうなど予期せぬことがいくつか起きて、結局1か月半近くも日本から出ることができなかった。その間もアインとは毎日のようにメッセージのやり取りがあり、オクラの収穫が始まった様子などが、写真とともに送られてきていた。サンディのお腹の中の子供も、順調に大きくなっているという。

避難民の子供の手よりも大きく育ったオクラ

早く現地に行きたい思いが募るが、実際には、いま私に求められているのは現地で農作業を手伝うことではなく、新しく野菜の販路を作ることであり、協力企業を探す作業は日本に戻っている今こそやるべきことだった。いろんな人にアポイントを取っては現地の状況を説明し、農業に限らず、避難民の人々に収入を提供する事業のヒントを得ようとした。しかし、もちろん簡単なことではなく、時間だけが過ぎていく日々に、私は無力感と焦燥感を募らせていた。

◆まるで映画のワンシーンのような美しい結婚式

普段とは違っておめかしした新郎新婦

そんなある日、アインから映画のワンシーンのような美しい動画が送られてきた。

農園の一角に見慣れない机が置かれていて、若い男女が二人、席を並べている。

男性の方はこの農園の古株の一人であるチョー(仮名)だが、何かいつもと様子が違う。画質の荒い動画を注意して見ると、髪をきれいになでつけ、小ぎれいな服装をしているのが分かる。私が普段目にする彼は、(農作業中だから当然なのだが)ボロボロのスポーツウェアを着て、強い日差しを避けるため、帽子の下にタオルをかぶっているような姿なので、不思議な感じがした。

そして隣に座るドレス姿の女性は、やはり農園での生活が長いミン(仮名)で、はにかんだ笑顔を浮かべている。

サインする場所を確かめ合う2人

新郎新婦の席なのだとすぐにピンときた。2人は、何かを確かめるようにお互いの顔を見つめ合い、宣誓書のようなものにサインした。私は思わず「おめでとう」とつぶやいた。そして、「こんなに質素なのに、こんなに美しい結婚式」に出席できなかったことを少し残念に思った。

◆31歳のチョーと25歳のミン

ウエディングフォトの撮影スポットも設置

31歳のチョーと25歳のミンは、ミャンマー中央部の小さな村で平穏に暮らしていた。

クーデター後、「軍の支配はどうしても受け入れられなかった」というチョーは、武装ほう起した市民グループ「国民防衛隊=People’sDefenceForce(以下PDF)」に加わることを決意し、仲間とともに少数民族武装勢力の支配エリアに向かった。

クーデター前から交際中だった2人。実はミンには、いつか日本で仕事をしたいという夢があり、日本語の勉強も始めていた。クーデターによって一変してしまった国の姿を目の当たりにして、その思いはさらに強くなったという。しかし将来について相談したいその時に、交際相手のチョーはジャングル地帯に身を置き、ドローン部隊や物資補給部隊として、国軍との戦闘に参加している。国軍の支配に反発するチョーの思いにはもちろん賛同しているミンだが、先が見えない生活に耐えられなくなり、離れ離れになって約1年後、とうとうチョーに選択を迫った。