◆エリアの治安悪化「お前たちは誰だ?どこから来た?」

新しい農園候補地に流れる小川

キンが案内してくれた場所は、確かに小川が流れていて開けた場所ではあったが、そこにたどり着くには、車を降りてからジャングルの道なき道を進まなくてはならなかった。農作物が栽培できたとしても、輸送に課題がありそうだ。そもそも、この場所を開墾するのに必要なトラクターなどの重機はどうやって運び込むのだろう。「マンパワーでやるしかないよ。あとは少し火も使って焼くことになるかもしれない」とキン。しかしこの場所の難しさはアインも感じているようで、2人でああでもないこうでもないと議論している。

新しい農園候補地までの道 車は通れない

すっきりとうまく行きそうな場所はそうそうないんだな、と改めて感じながら車まで戻ろうと歩いていると、小川のあたりにタイ人の家族連れのようなグループがいて、涼んでいた。父親らしき男性が、我々を見つけると突然立ち上がり、強い口調で「どこに行ってたんだ?」と問い詰めてきた。「そこの土地を見に・・・」説明しようとしても遮られ、「違う、お前たちは誰だ?どこから来た?」とタイ語で捲し立てる。どうやらこの土地のオーナーらしい。「彼らはミャンマー人で、農業をやろうとしていて・・・」拙いタイ語で何度も伝えると、はたと思い出したようで、「ああ、この前土地を借りたいって話をしていた人?」と急にフレンドリーに。そして「お前は何人だ?日本人?俺は日本人が大好きなんだ。アリガトー」と調子がいい。さっきまで不審者扱いしてたくせに、と白けた気持ちにもなったが、話を聞くと最近この付近で泥棒騒ぎがあったのだという。

ミャンマー側での戦闘激化、繰り返される空爆によって、国境を越えてタイ側に逃れる避難民が増加しているという話は耳にしていた。タイの地元メディアの中には、エリアの治安悪化を伝えるものもある。そういった情勢もあって警戒しているのかもしれない、と考えると彼の態度も理解できた。

車に戻り、アインを彼の農園まで送り届けた。車の中では2人とも口数少なく、静かな帰り道だった。
(エピソード4に続く)

*本エピソードは第3話です。
ほかのエピソードは以下のリンクからご覧頂けます。

#1 川を挟んだ目の前はミャンマー~軍の横暴を”許さない”戦い続ける人々の記録
#2 野良犬を拾って育てる避難民
#3 農園の候補地を下見 タイ人の地主に不審者と間違われる
#4 治安の悪化のニュース そして深夜に窓を叩く音 恐る恐る外を覗くと・・・
#5 オクラを作ろう!ようやく動き出した事業
#6 アインの妻が妊娠 生まれてくる子供の未来は
#7 オクラの栽培がスタート しかし”目の前が真っ暗”に…支援とビジネスを両立する難しさ
#8 協力企業の撤退で振出しに戻った事業~日本にいる間に考えたこと
#9 違和感ぬぐえぬ、福岡市動物園ゾウの受け入れ
#10 農園での結婚式~困難の中にあってもそれぞれの人生を生き抜く人々

◆連載:「国境通信」川のむこうはミャンマー~軍と戦い続ける人々の記録

2021年2月1日、ミャンマー国軍はクーデターを実行し民主派の政権幹部を軒並み拘束した。軍は、抗議デモを行った国民に容赦なく銃口を向けた。都市部の民主派勢力は武力で制圧され、主戦場を少数民族の支配地域である辺境地帯へと移していった。そんな民主派勢力の中には、国境を越えて隣国のタイに逃れ、抵抗活動を続けている人々も多い。同じく国軍と対立する少数民族武装勢力とも連携して国際社会に情報発信し、理解と協力を呼びかけている。クーデターから3年以上が経過した現在も、彼らは国軍の支配を終わらせるための戦いを続けている。タイ北西部のミャンマー国境地帯で支援を続ける元放送局の記者が、戦う避難民の日常を「国境通信」として記録する。

筆者:大平弘毅