日本レコード大賞も受賞した人気バンド・Mrs. GREEN APPLEの新曲「コロンブス」のミュージックビデオ(MV)に批判が相次ぎ、公開停止となったことが話題になっている。音楽プロデューサーの松尾潔さんは6月17日に出演したRKBラジオ『田畑竜介Grooooow Up』で、「我が事として考えて」などと訴えた。
評価の分かれる歴史上の人物を扱う難しさ
Mrs. GREEN APPLEの新曲「コロンブス」のMVが公開停止になりましたね。彼らは昨年末のレコード大賞を受賞している、特に突出したスター性と音楽性を備えたグループです。
歴史上の人物・コロンブスは、今では評価が分かれることが多く、特に欧米社会では冒険者という従来のイメージよりも、むしろ侵略者というネガティブなイメージが強いとされています。僕も子供の頃は「偉人」として教わりましたが、今ではその認識が修正されてきています。
この問題は、ミュージックビデオの映像に問題があるということで広がりました。ただ、よくよく考えてみると、そもそも「コロンブス」という、これだけ評価が変わっている人物の名前をタイトルに冠したという点ですよね。中心メンバーの大森元貴さんは「『コロンブスの卵』という言葉にインスピレーションを受けた」と話しています。
今MVは公開停止されていますが、オーディオの方はYouTubeでも公開されていて、その画面にも「コロンブスの卵」と思しき卵が大写しになった静止画像が使われています。
確かに「コロンブスの卵」という言葉は定着していますから、日常会話で使うときにわざわざコロンブスのネガティブなイメージまで考え、思いを馳せたりすることはないだろうと思うんですが、そういった日常生活の足元をも照らしてくれるような話です。エンタメの世界、特にポップミュージックの世界で、評価の分かれるような歴史上の人物を扱うことの難しさと、そのことに注意を払わなければいけないということを教えてくれましたね。
タイトルや歌詞も改めるべきでは
MV以前に、「コロンブス」を発想の端緒とし、曲のタイトルにまでしたこと、それ自体どうだったんだろう、という疑問が僕にはあります。コロンブスの侵略の対象とされているネイティブアメリカンのみならず、我々アジア系もそうですし、あとアフリカ系もそう。歴史教科書には「欧米の列強による植民地支配」という言葉がありますが、征服される側、支配される側の気持ちという、当事者意識が欠けていたんじゃないか、想像力も欠けていたんじゃないかなと思います。
それは、Mrs. GREEN APPLEや大森さんだけを責めるのではなくて、音楽業界、広告業界、メディア業界全体に言えることです。もっと言うと、我々が暮らしているこの日本全体に言えることかもしれませんが、MVがなくても、この楽曲自体を、コロンブス側の視点に立って聴いていたんじゃないかということです。
MVは公開停止になりましたが、歌詞の中には「コロンブスの高揚」という部分などが、今でも聴ける状態になっています。僕はこのMV騒動でこの曲を初めてじっくり聴きましたが、もう「楽しいだけのポップソング」として聴けない気持ちになっています。
僕は曲のタイトルも改める、歌詞も一部見直すところは見直して、出しなおすことが、彼らのアーティストとしてのバリューを高めることになるんじゃないかなとさえ考えています。







