ラベルやケースは“立派なニセモノ”中身は粗悪品

実際に、ニセ酒ということで、ビンの中に入っているお酒はほとんどのケースで粗悪品だ。パッケージこそ、「人民解放軍〇〇部特別供給酒」とか「政府〇〇省内部供給酒」なんて、印刷された豪華なもので、ビンもそれらしい立派な陶器を使っている。ただし、中身は市販されている安い蒸留酒をそのまま。または何種類の蒸留酒を、混ぜてビンに注いでいるようだ。

中国公安省が発表した、ある摘発されたケースはこうだ。500CCあたり、日本円で200円ぐらいの安い酒を買う。これに、著名な酒造メーカーを騙ったニセのビンやニセのラベル、ニセのケース、ニセの専用紙袋を付けると、1本あたりの製造費は日本円で400円。つまりかかった費用は合わせて600円程度だが、これを「特別供給酒」「内部供給酒」として、日本円で8000円からその倍の1万6000円で販売していたという。暴利もいいところだ。

それらのニセ酒は、インターネットを使った販売ルートが主流で、足がつきにくい。さらにネットやSNSで「政府機関の醸造所に特別なルートがある。だから『特別な酒』をあなたに提供できる」などと宣伝しているようだ。摘発しても摘発しても、イタチごっこのような状態が続いているという。

また、安い酒は人体に悪い影響を及ぼしかねない。対策として、食品や飲み物の品質を監督する官庁は、共産党や政府機関、さらに軍隊に向けて「特別供給酒」「内部供給酒」といった表示を含む酒の生産、販売を禁止しようとしている。これらは長く、それぞれの組織の資金獲得の源にもなってきた。特別な酒を一部、組織外にも売るという広告や商業宣伝活動に「禁止命令」を出すことを提案している。

限定酒でビジネスをしてきた特権階級を嫌う習近平政権

「特権を持った人たちだけが味わえる酒」にまつわるニセ酒の横行。そもそも、そんな特権があることがおかしい。習近平政権は、共産党や軍、それに政府機関からの腐敗撲滅、汚職追放に、熱心に取り組んでいる。習近平主席自身への権力を集中し、絶対服従を命じている。

一方で、特権を持つ人たちへの不満は、庶民の間には根強い。「特別供給酒」「内部供給酒」は、特別な地位を持ち、特権を享受する人たちと、庶民の乖離・距離を象徴するものだと言えるだろう。

同時に、特権階級がそんな酒を外部に売ってビジネスにもしてきた。共産党、軍、官庁は本来、そんなビジネスをするところではないはずだ。腐敗の温床にもなっているわけだし。質素倹約にも反する。だから、さまざまな組織が独自に持つ、いわばブランド酒、「特別供給酒」「内部供給酒」の製造をやめさせようとしている。

中国で特権を持つ人たち、また富裕層のメンツが生み出したようなニセ酒。日本円で200億円近い、荒稼ぎになったというから驚く。そこには珍しい酒を手に入れたいというメンツ。それに共産党や軍、中央官庁が、特別な酒でお金稼ぎをしてきたという背景もありそうだ。

◎飯田和郎(いいだ・かずお)

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。