2018年西日本豪雨では、広島県内で153人の尊い命が失われ、未だ5人の行方が分かっていません。あれから7年となるいま、被災地では記憶の風化とどう向き合い、命の教訓を未来へ繋いでいくか。その模索が続いています。
熊野町川角地区の住宅団地「大原ハイツ」です。住民や近所の小中学生が手作りのキャンドルを灯し、犠牲者を悼みました。
大原ハイツ復興の会 小川直明 代表
「時間の経過とともに記憶が薄れていくのは仕方ないが、完全に風化させてはいけない」

2018年7月、大原ハイツを土石流が飲み込み、12人が犠牲となりました。団地につながる唯一の道路もふさがれ、陸の孤島と化すなど、甚大な被害を受けました。
「大原ハイツ復興の会」の小川直明さんは、7月6日を前にある場所を訪れました。全校児童およそ260人の熊野第四小学校です。西日本豪雨ではこの学校の児童1人が命を落としました。

小川さんは、あの時の記憶を子どもたちに伝える活動を続けています。
大原ハイツ復興の会 小川直明 代表
「雨が降り続いて、役場から避難指示が出た。怖い思いはあった。でもすぐ避難しなかった」