陸軍少尉の「認識票」を発見
豊後水道に面する佐伯市は、明治後半から敵の侵入を防ぐ防衛の要衝でもありました。さまざまな軍事施設があったことから、戦争の痕跡が数多く残されています。

原田さん:
「祖父が京都で軍の飛行機の製造に従事していたこともあり、興味を持ちました。佐伯市の遺構は、戦後81年という歴史を経てだんだん埋もれてきているので、なんとか残したいなと思い、記録する活動を始めました」
佐伯市鶴見には、旧陸軍豊予要塞の砲台が置かれていました。配属された将校たちが暮らした住居跡が残されています。
原田さんは今年3月、この住居跡の土の中から金属製の「認識票」を発見しました。兵士が首から下げ、戦死した際などに身元を特定するためのものです。
原田さん:
「ちょっと硬い違和感があったので、土をのけていてみたら、ありました」
発見された認識票には「陸軍少尉・土井壽人」と刻まれていました。その後、従軍記録などを調べた結果、土井さんは広島県出身で、昭和19年から鶴御崎砲台で砲長を務め、ここで終戦を迎えた人物だとわかりました。

原田さん:
「太平洋戦争の終わりごろ、ここでどうやって暮らしていたのか。終戦後、何らかの理由で私物を全部捨てて、広島の家族のもとに帰ったと思われます。戦死はしていません。今後、その経緯について調べたいと思っています」






















