父親はあと何日もつか…
母、姉、弟2人を被爆から1カ月で次々に失った山田さん。
その後、重傷を負った父親とも再会したものの瀕死の重傷を負っていました。

「見た途端に、あと何日もつかなあというのが率直な気持ちだった…前は大やけどだし、背中のほうは大けがだしっていうね…」
奇跡的に命を取り留めた父親でしたが16年後にがんで亡くなりました。
「生き残ってよかったじゃなくって…僕には僕の責任があると。それが僕の支えになってるし。生涯を終えるときにね、『俺なりにやってきた』って思いながら終わるような、これからを送りたいと思ってるんですね」

2016年まで長崎被災協で33年に渡って事務局長をつとめた山田拓民さん。2021年6月肺炎のため90歳で亡くなりました。








