長崎市出身で歌手・俳優の美輪明宏さんが、6月20日、亡くなりました。

被爆80年の去年、NBCは美輪さんを取材ー。10歳の時の被爆体験のほか、長崎の子どもたちへのメッセージなどを伺っていました。

今月20日、老衰のため91年の生涯を閉じた美輪明宏さん。
所属事務所によりますと、三ヶ月ほど前に体調を崩し自宅で静養していましたが、最期に「ありがとう」の言葉を伝え、静かに目を閉じたということです。

◆画像で美輪さんの人生を振り返る

美輪さんは、10歳の時、爆心地から3.6キロ離れた長崎市本石灰町の自宅で被爆しました。去年、その体験を、NBCの取材に語ってくださいました。

美輪明宏さん(2025年当時):
「(家は)カフェーをやってまして、入口のとこに、女の人がね、ボロをまとって、髪の毛は抜け落ちて、顔も手も体中が火傷だらけで『すいやせん』って。『すみません』って言いたいんですね。唇が火傷のために合わないんですね。『イズ(水)をください』って言うんですね。イズって何だろう?と思った。唇が火傷のために合わない」

10代で上京し、シンガーソングライターの草分け的存在となった美輪さん。被爆体験が原点となり、平和や、差別のない社会を願う「歌」を数々発表した他、その人生哲学から多くの著書も手がけました。

訃報を受け、長崎市立図書館では、美輪さんの著書と開館5周年の時に美輪さんから贈られたサイン色紙を展示しています。

美輪さんファンの長崎市民:
「思い出のある本(『ああ正負の法則』)なので、もう一回読んでみようかなと思ったのと。美輪さんの哲学みたいなのを読んで、こういう考えがあるんだって知って、生きやすくなった。悲しいですけど、心の中で生きてるから」

古き良き長崎を愛し続けた人でもありました。
美輪さんの小中学校時代の通学路にあり、長崎市西小島で明治時代から続く、「老舗菊水大徳寺焼餅」。長崎を出てからも何度も訪ねて来たという美輪さんは、「古いところを大事に昔のままでいてください」と言ってくれたそうです。

老舗菊水大徳寺焼餅 松本久良子さん(88):
「ここに来たら必ず餅ば4個買って、持って行かれます。そーっとここに座ってお話しばすぐされますもんね。ここに座って。長崎を大事にしてくれたり、こういう古いお店にわざわざ寄ってくださったり、そういう優しさがある方でしたね」

所属事務所のホームページで公開された、生前の直筆のメッセージです。
『この世のすべての問題を解く鍵は愛です。愛があれば戦争なんか起こりません』

美輪明宏さん(2025年当時):
「日本は美しいもの、抒情的なもの、それを武器にして、日本の生き方はね、それしかないんですよ。それに背くと、ひどい目に合うんです、悪魔にね。長崎の子どもたちは、優しくて美しいものが好き、という風に育ってくれて、それを世界に広めてくれれば『あぁ、長崎出身ですか、素晴らしいですね』という風に言ってほしいと思います。ありがとう、ごきげんよう」