人生の根っこにあったのは…

佐世保教育隊司令時代(昭和59年頃)
17歳の時、特攻隊員として死に向かって生きていた村山和郎さん。原爆で破壊された長崎の町で家族と涙の再会を果たした後は、妹たちを学校に通わせるために電車運転士として働き、その後は海上自衛官となって後進の道を切り開き生き抜いた。
その奮闘の根っこには「生き残ってしまった」という消えない思いがあったのかもしれない。
息子の村山仁志が生み出した朗読劇「午前0時のラジオ局 特攻隊員のピアノ」には、父が願った「もう二度と戦争をしないで」という強い思いが込められている。








