関東大震災と原爆の惨禍を生き延び、今も証言活動を続ける女性が今月101歳の誕生日を迎えました。

長崎県時津町で1人暮らしをしている吉村光子さん、今月22日で101歳を迎えました。生まれは東京。生後間もなく関東大震災にあい、ぼろきれにくるまれ生き延びました。

吉村光子さん「関東大震災の前に、7月に生まれたばっかり。よー生き残ったね。うん笑」

誕生日前日、主治医らが自宅を訪れ101回目の誕生日を祝いました。
16歳で両親と死別し妹と2人に、働くために来た長崎では22歳の時爆心地からおよそ1キロの三菱兵器製作所大橋工場で被爆、黒焦げの遺体や真っ赤に染まる血の川の中を生き延びました。

戦後生きるために結婚し義兄の幼い子供を育てながら日付が変わるまで働く生活をつづけました。流産2回・死産1回のすえ自分の子どもを持つことはできませんでしたが、夫の死後も毎日午前6時には起きて1時間半かけて新聞を読み、深夜1時過ぎまで読書を続ける生活を送っています。

吉村光子さん:
「人間って本当『気持ちの持ちよう』でね、苦しいと思ったらいっぺんに色々苦しくなるから。『楽しく生きよう』って言う気持ちじゃないとね」

自炊もしながら1人で暮らす吉村さん。来月の原爆の日には自宅で手を合わせるということです。