地震と豪雨、二度の災害に見舞われた能登。

川本さんは発災直後から何度も能登へ向かい炊き出しをしてきました。

2024年 町野町での炊き出し

川本紀男さん 「2024年だけで40回ぐらいいきましたね」「珠洲にいったときはびっくりしましたね。やっぱり想定外というかそこまではという感じでした」

過酷な状況の中で能登にあたたかい食事を届け続けました。

川本紀男さん「料理しか作れないので元気になってくれればいいなと」

背景にあったのは、料理人としての能登への恩返しの気持ちです。

川本紀男さん 
「僕らが使っている食材は能登の能登島の野菜とか能登の漁港のそのままの食材をずっといただいていたので、能登にかける気持ちも強いですし。やっぱり早く復活してほしい」

避難所から仮設住宅へと被災地の日常生活が変わっていく中で求められる役割も変化があったといいます。

川本紀男さん 
「能登の震災があってからでいうと、炊き出しを続けていたが、仮設住宅に行ってからは炊き出しのステージが変わって、どちらかというと自立型の仮設になっている。そこに元気づけに行くためにお料理を提供しようと」