“ふるさとの今、地道に” 情報ボランティアの広がり
能登半島地震の発災から発信を続けている筆者(藤本)と同じように情報ボランティアとして能登の情報を伝え続けている人たちがいます。
筆者の大学時代の同期である鈴木達也さんも、その一人です。能登半島地震発生から2年3か月、鈴木さんに当時の状況や想いを伺いました。
鈴木達也さん「僕が能登の情報をSNSに載せ始めたのは、藤本さんとの関係性があるからです。震災発生の時にはもちろん心がざわめきましたし、その報道を見ながら苦しさを感じていましたけど、自分自身も東京で大きな揺れを体感し、その後に起きた様々なことに対する不安に比べると、受け止め方には差があったのは事実だと思います。
ですが、その最中に書かれていた投稿で、初めて藤本さんが町野の出身で、ご家族が甚大な被害を受けたことを知り、自分の中での距離感が一気に近くなりました。そして、間もなく情報を冷静にまとめて毎日発信を始めたのを見て、これは同じ立場だったら、まずできないことだと思いました。自分なら家族に対する心配で頭が一杯になり、全く身動きが取れなくなって、何も手につかなくなります。
仮に情報発信を思い立ったとしても、藤本さんが行われている本業、更に家庭内でやらなければいけないことの数々を考えると、並行してあのレベルでまとめあげていくのは、相当な覚悟がないとできないと感じました。
毎日投稿を目にしながら、これは自分も傍観者ではいられないと思いました。
ただ、僕には何かを大きく動かせるような力はなく、せめてこんなことでも、と考えたのが、毎朝、能登に関する記事を検索して、各SNSに載せることでした。
そこには外側の人への情報発信という想いもありますが、それを行うことによって、自分も毎日能登の記事を読み続けることができる、という理由にもなっていました。」(次のページに続く)











