「前日まで知らなかった」24年目の帰国

石川・小松空港に到着した地村保志さん、富貴惠さん(2002年撮影)

しかし、事態は急展開を迎える。

地村保志さん「小泉総理が来られて、(北朝鮮が)拉致を認めて生存者は日本に帰りなさいという、その前日まで私は日本に帰れると思ってなかったです」

24年間、地村さんは北朝鮮で生活基盤を築いていた。子どもたちは大学を卒業し、就職する準備が整っていた。

地村保志さん「だから24年前の私が日本に帰れと言われても、なかなか決心つかないんですね。北朝鮮で生活基盤ができているし、子供たちも大学卒業したら社会に出れる状態だったんで、日本に帰ったらまた1からでしょ」

小松空港から福井・小浜市に向かう地村保志さん、富貴惠さん(2002年撮影)

それでも地村さんは帰国を決断した。妻の富貴惠さん、蓮池薫さん、蓮池祐木子さん、曽我ひとみさんとともに、2002年10月15日、24年ぶりに日本の土を踏んだ。

帰国時、地村さんは47歳だった。

地村保志さんの講演は【後編】に続きます。

「我慢の限度がきている」拉致被害者・地村保志さんが語る問題解決への悲痛な願い 報じられた“講演休止”の真意は【後編】