あいりん地区の歴史(1)高度経済成長期に求人ラッシュで活況 一方で暴動も…

 江戸時代、安い宿が密集していた大阪の現・日本橋エリア。1960年代の高度経済成長期には、現・あいりん地区が日雇い労働者の集まる「寄せ場」として活況を呈しますが、待遇の不満などを背景に暴動も相次ぐようになりました。

 そして1970年、日雇い労働者の福祉向上などを目的に「あいりん総合センター」が設立。大阪万博をきっかけに求人ラッシュが訪れます。

 最盛期の1986年には約2万5000人の日雇い労働者が働き、建物内には仕事を紹介する窓口のほか市営住宅や病院も併設されました。

 半世紀以上あいりん地区を見続け、現在は地域ガイドを行う水野阿修羅さん(77)は「これ(総合センター)ができたことで労働者がガッと集まった。一つの象徴だった」と話します。