ジャイアントパンダがいなくなった神戸市の王子動物園。感謝の気持ちを込めて石碑が設置されました。
神戸市灘区にある王子動物園では、3月31日朝の開園後、行列がずらり。スマホを構えて写真を撮る姿も。
そのお目当ては…黒色の耳をかたどったパンダをモチーフにした石碑です。王子動物園ではおととしまでジャイアントパンダを飼育。そのパンダ館の前に、感謝の気持ちを込めた石碑が設置されたのです。
(来場者)
「すごくうれしい。少しずつタンタンの掲示物が消えていくのが寂しかったので」
「そこまでしてもらえたんだな、よかったなと。タンタンも幸せかな、喜んでるかなと」
神戸とパンダの関係は45年前にさかのぼります。1981年、ポートアイランドで開催された地方博覧会で、初めて中国から神戸にやってきたジャイアントパンダ。阪神・淡路大震災の5年後の2000年には、繁殖研究目的で中国からメスのタンタンとオスのコウコウが来日。復興のシンボルとして神戸の街に活気をもたらしました。
一方で、期待されたのが赤ちゃんの出産でしたが、オスのコウコウは生殖機能が低いことがわかり、2年後に中国へ返還。その後やってきた2代目コウコウも2010年に急死してしまいました。
「ひとりぼっち」になったメスのタンタンは一度は中国への返還が決まったものの、心臓の疾患が見つかり、晩年を神戸で過ごします。2年前の3月31日に、28歳で息をひきとりました。人間でいうと100歳に近い年齢でした。
パンダ館の警備員だったという男性は晩年のタンタンを間近で見ていたそうで…
「顔を覚えてくれて、毎朝寄ってきてくれた。好きなのはニンジンを食べているポーズ。ニンジンが好きなんですよ。それをパリパリパリと。それが一番楽しい、おいしい顔」
被災した神戸で多くの人に勇気と笑顔を届けたジャイアントパンダ。一方で、今年1月までに国内すべてのパンダが中国に返還。日中関係も冷え込んでいます。
(王子動物園 竹本真也園長)「日中関係とパンダの今後は今のところ把握していませんが、引き続きこれまで得た知見も含めて(次の受け入れに)貢献できたらなと」
パンダの貢献を刻んだ石碑は神戸とパンダが歩んだ「絆の証」として、これからも大切に守られていきます。











