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実名暴露で世を騒然、明治の“文春砲”「萬朝報」の原点

1892年、涙香は新聞社「朝報社」を立ち上げ、大衆新聞「萬朝報(よろずちょうほう)」を創刊しました。

「よろず重宝」にあやかって名付けられた新聞で、「簡単・明瞭・痛快」をモットーとし、眼は王侯なく、手に斧鍼あり」(権力者に屈せず、手には悪を正すためのまさかりを持つ)という信念を掲げていました。

そんなこの新聞は「実名のスキャンダル報道」で、時の世を騒然とさせました。

影山桃子 学芸員
「上流階級・政治家の愛人関係とか、今でいう“文春砲”のような注目を浴びていた過激な新聞記者だったようで⋯。庶民からの注目もあるし、政府・上流階級の人は『次は自分が標的になるんじゃないか⋯』という心配もあったと思います」

政治家・実業家などの愛人スキャンダル記事は、著名人・一般人を問わず「愛人の実名」が掲載されていました。さらに、住所、職業、年齢なども暴露され、それはそれは恐ろしい新聞でした⋯。

そのスキャンダル記事を執筆できた理由は、徹底した「取材姿勢」でした。